全く新しい価値を世の中に提供したい、かつてないほどの破壊力を持ったイノベーションを起こしたい、企業家は常にそうした願望を胸に抱いている。しかし、そのためには自分自身が先端的・先導的な技術を身につけなければならないし、何よりそれが果たして市場に社会に本当に受け入れられるかどうかを見定める能力も必要だ。これは簡単なことではない。
多くの研究者・科学者を雇用する大企業であればどうか。卓越した技術力を磨き続けていても、それでも新しい価値と破壊力を持つイノベーションを起こすことは難しい。なぜならば、既存の大企業の研究開発能力は、その企業が現在の主市場とする分野に特に振り向けられており、現在の強みをさらにパワーアップさせる方向に向かっているからである。しかし、真のイノベーションはいつだって辺境から発生する。誰も予想しなかった技術あるいは知識であるからこそ破壊力を持てるからである。
本書は、イノベーションの必要性を認識しつつも、上述したような限界に直面する日本経済にとって、ひとつのヒントを与えるかもしれない。大企業が自前開発だけでなく、外部の優れた技術を自社のビジネスモデルに取り込む手法はオープン・イノベーション(H.チェスブロウの概念)と呼ばれる。社内の技術開発にない部分を、ベンチャー企業や大学などの研究開発能力を導入することで取り入れ、市場に結びつける手法である。当然、大企業だけでなく、市場とのアクセスに限界を感じているベンチャー企業の成長も促進させる。大学研究者にとっても学問の発展のみならず経済の発展に貢献する実感を得るなど、大きなモチベーションが生まれるはずである。
前置きが長くなったが、本書は米国・英国・台湾・日本という四カ国に取材し、それぞれの国の起業環境をまとめた後に、実際のハイテク・スタートアップ企業がどんな理由で創業され、どのように発展したかをケーススタディ形式で綴った研究書である。それぞれの国について産業クラスターの視点から調査した文献は他にもあるし、そうした文献でもベンチャー企業の貢献が重要であることは理解できるが、本書を読むことでオープン・イノベーションを実現するために、大学あるいは産業界はたまた政府に、いったいどのような貢献が求められているのかを理解することができる。
本書の特徴をピックアップしておこう。米国シリコンバレー、英国ケンブリッジ、台湾新竹など、いずれもバイオ・ICTなどで有名な地域が取り上げられている。ケース企業としては日本で最も有名なハイテク・スタートアップであるアンジェスMGの事例をはじめ、四社が紹介されている。いずれもベンチャー論や産業クラスターに興味がある方々にとっては押さえておきたいポイントだろう。
日本の研究者が書いたハイテク・スタートアップの文献はまだそれほど多くない。それが翻訳文献ではなく、日本人によって書かれていることで、意外な新事実が浮かび上がる。例えば、シリコンバレーのタセレ・セラピオティックス社のケースでは、北海道ベンチャーキャピタル社の果たした貢献についても言及されており、世界最先端のシリコンバレーを親しみ深く感じることができる。
四カ国それぞれの経済事情によって、13ケースの企業がどのようにビジネスを生成・発展させていったかを詳細に分析されているが、これを我が国の地域経済の実態に起きかけて議論するなど、多様な読み方も可能であろう。とりわけ終盤で登場する「ボーン・グローバル」という概念は、日本の地方部に立地する中小企業にこそ必要な考え方であるともいえ、地方大学発ベンチャーを構想する大学研究者や、外部の技術を活かしてイノベーションを起こしたい地域中核企業の経営者にも一読をおすすめしたい。