本書の原題は、"
The Genius Factory: The Curious History of the Nobel Prize Sperm Bank"。
「私たちは、遺伝子操作の夢のとば口にいるのだ。5年後はともかく50年後には、産科の
医師が子供たちの『知性』や『容姿』を決められるようになっているのだろう。……ノーベル賞
受賞者精子バンクとそこから生まれた子供たちはこんな世界の序章なのだ、と私は思った。
……実験は成功したのだろうか? 私はそれが知りたくて、2001年初頭、ノーベル賞受賞者
精子バンクの謎を探ろうと決心した」。
本書は必ずしも優生思想とその顛末を明かしたものではない。
というのも、ひとつには筆者自身が言うように、ヒアリングのサンプルがあまりに偏ったものだから。
そして、さらにはさすがアメリカと称すべきお粗末なずさんさ、この精子提供者たちが「ノーベル賞
受賞者ドナーどころか、別れた恋人にさえ与えたくない男たち」ばかりだったのだから(従って、
邦訳の副題についてはいささか疑問を呈さざるを得ない)。
しかし、かといってそのことは筆者が何も明かすことがなかった、との結論を導くものではない。
筆者自身の問題提起の通り、クローンや胚研究の発達で、デザイニング・ベイビーがもはや
SFからリアルへとその場を移しつつある現代において、その条件づけられた生をめぐる当事者たちの
葛藤や苦悩、希望の証言を綿密に拾い集めた記録として、十二分に参照に値するのがこのテキスト。
(ただし、筆者の主張がさりげない表現の中にも意外と色濃く混ぜ込まれているので、そのあたりの
客観性には少し注意を要するように思う)
また、パターナリズムと自己決定をめぐるものとして解題した訳者によるあとがきも秀逸。
アメリカにおける優生思想の背景など情報も緻密に埋め込まれてはいるが、非常に軽やかに
読める、ただしテーマは軽くない、まことに優れたサイエンス・ノンフィクション。