すごい本だ。久しぶりに、本格的な戦記ものの大著を堪能した。
実に詳細で、精彩に富む叙述に時折めまいを覚えつつ、読みきった。
上巻は、ノルマンジーの長い海岸線からコタンタン半島をめぐる、
連合軍と独軍の攻防が、テンポよく描かれていた。
まさに「上陸作戦」そのものの成否が主題だから、わかりやすい。
かたや下巻は、Dデイ(6月6日)から1カ月後の戦局。
なじみのないフランス北西部の地図が頭に入らないと(いくら本文中に
数葉の地図が挿入されていても)、状況がつかめない箇所がしばしばある。
だが、それを補って余りあるのが、上巻以上に冴えわたる人間描写。
それは大きく二つあって、一つは著名な軍人たち。
何しろ下巻冒頭は、パットンの登場(米第3軍司令官)。赫赫たる戦功と、
起伏ある言動。彼の動きは描写の有無にかかわらず巻末まで影響を及ぼす。
また、英国人の著者にとっては、苦虫を噛みつつ記述したであろう、
モントゴメリー(英第21軍集団司令官)の身勝手、傲慢ぶり。
彼らに象徴される「米」「英」という連合軍主力の齟齬と、そうした
連合軍を利用しつつ、欧州の大局よりも「パリ解放」を最優先する
ドゴールと、その幕僚であるルクレール(仏第2機甲師団長)。
かたや、ドイツ側。コタンタン半島の付け根で連合軍との激戦を演じたのち、
パリの命運を担うコルティッツ(独第84軍団軍団長→大パリ司令部司令官)。
また、本書は一章をさいてヒトラー暗殺未遂(7月20日)の経緯が、
戦局とのかかわりの中で、陰影濃く描かれている。
もう一つの人間描写は、無名の兵士や、戦禍に巻き込まれた庶民の運命。
生ある人体が、一転して無言の肉塊に変じる様は上巻でも描かれていたが、
本巻では、軍対軍の戦闘の合間に繰り返された凄惨で醜悪な蛮行が、
絶えることなく綴られている。兵士による民衆への残虐行為だけでない。
民衆から兵士への報復、さらに、敵に通じた同国人への私刑も。
本書は、「パリ解放」(8月24日)をクライマックスにして、終わる。
だが、ここまで読んできた我々は、コクトーもサルトルも、そして、
エディット・ピアフも点景として登場するパリの興奮と熱狂の叙述に、
かつて観たオールスター映画「パリは燃えているか」を思い出しつつ、
もはや、英雄たちの物語ではない、歴史の冷厳な一コマを感じ取る。
それは、「史上最大の作戦」や「プライベート・ライアン」が、いくら
本書以上の“感動”を世界に与えたとしても、決して譲ることなく、
本書以外には成し得なかった“歴史そのもの”の感銘に、他ならない
(それにしても、本書によれば従軍作家ヘミングウェイは最低の男だ)。