最初に断っておくが、本書を読んだ時点で拙者が読み終えていた春樹作品は、
「アフターダーク」「風の歌」「ピンボール」「ねじまき鳥」「スプートニク」であった。
いきなり本書に行かなかったのは、春樹作品にある程度慣れてから代表作である本書に行きたかった為である。
全然春樹を知らない訳ではないが、ハルキストでもない、ヌルめのミーハーの言と受け取って頂ければ幸いである。
成る丈率直に読後感を書いてみる。
結論を先に書くと「決して駄作ではないが、ここまでウケている理由は分からなかった」である。
もっとも濃密に描かれていたのは、主人公の青年と彼を取り巻く人々とのコミュニケーションのモヤモヤであるように感じた。
モヤモヤの原因は、会話・議論の中で「一般的にはこうだよね」という段階で自己主張を抑えてしまう主人公の性格にあり、
そのモヤモヤを晴らそうとする手段として(結局巧くゆかないのだけれども)、性交が用いられているように思われた。
出版社の付した「100パーセントの恋愛小説」というレッテルは作品に合っていなかった。
主人公は口では直子を愛していると言うけれども、直子でなければならない必要性が分からなかった。
なぜそう私が感じたかと言うと、直子の魅力が月並みの娼婦と月並みの白痴の美しさ以上のものに思われなかったからである。
ワタナベ氏は直子を入院前から愛していた訳だが、入院後に描かれた娼婦と白痴の美以外の魅力が私には分からなかった。
メンヘラの女の子が服を脱ぎ出す場面に立ち会ったらドキドキするかもしれないが、そのドキドキは恋愛感情ではない。
直子の死に方はアッサリし過ぎている印象だったし、その後で「生死は対極にあるのではない」と改めて言っても、
慰め以上のものではないように感じた。最後に直子の服を着たレイコさんと主人公が交わるのも、意味合いは分かるが寂しかった。
小説的な物語展開としてはアリだと思うのだが、最初ヒロイン扱いされていた女の末路としてはどうなのだろう。
それよりも緑である。彼女とワタナベ氏のやり取りは純粋に面白かった。
少々淫売過ぎる気はするものの、素直に彼女の人間的魅力を楽しめた。下巻の表紙の色となったのも頷ける。
キズキと直子は死後の世界で結ばれ、生者の世界でワタナベと緑は結ばれる(可能性が高いと思われる)。
この最終的な二つのカップルの線引きこそがこの作品の示した文学的可能性……なのだろうか?
文章の読み易さは巷説に伝え聞く通りであった。
一方、性描写の多さは日頃下ネタを好む自分にすらクドく感じられた。量的には結構なモノなのだが、全くそそらない。
私には「没コミュニケーションを補う手段」もしくは「不安・不満を紛らす為の儀式」に思えた。
性描写の多さを以て本作品を「官能小説」呼ばわりするのは、本物のそそる官能小説を書いている方々に失礼だろう。
総じて星は三つとしたい。
手放しで絶賛する作品ではないが、一生懸命否定する作品でもない。
私の読後感も、主人公の性格さながらにモヤモヤになってしまった。