不条理である。悲劇の終焉のために、ヒロインの決意が悲しくも駆け上がるが、突き落とされる。初めて観たときは、2日くらいまともな会話が出来なくなった。ヴェルナー・ヘルツォーク初体験の記念碑的な作品。
黒と白の抑制された色彩。寂しい海辺を歩く夫婦の絵画的な美しさ。山頂に向かう道のりで聞こえてくる『ラインの黄金』(ヴァーグナー)。老人のようなキンスキーのドラキュラ伯爵。絶命した船長に操られてやってきた帆船の不気味さ。ヒロインのアジャーニも濃いメイクで死人か幽霊のよう。広場では死を逃れられない人々の酒宴が始まるが、やがて人々は消え去り、その食卓は無数のねずみが覆いつくす。(『アギーレ・神の怒り』のラスト、アギーレの筏の無力なテナガザルの「軍隊」のように'''。)
「死」と云うものが、実は「日常」のほんのわずかな延長でしかないことに気がつき愕然としてしまう。激しい無力感に襲われてしまう。だが、死ぬことが解っていながら、そのことを忘れていられる我々「健常人」は、不死の吸血鬼よりも不気味である。
キンスキーとアジャーニは、最も好きな男優と女優であり、極めて善良で、なおかつ悲劇的な存在、アウトサイダァである。
アンドレイ・タルコフスキー初体験の『惑星ソラリス』、ジョン・ブアマン初体験の『エクソシスト2』にも匹敵するショックを受けた。