『それでも町は廻っている』で人気の石黒正数の1巻完結の新作です。
本作は音楽に夢をおいかけるセンパイとそれをまぶしくながめるちょっと抜けたコウハイという、寮で同室の2人の女子大生を主人公にすえた青春モノです。
「大学生」の自由でふわふわしているけど、何者でもない/何をしたらよいかわからない毎日の中にある焦燥を実にあざやかに切りとっています。
そういう点でやさしく、なつかしい空気にあふれる代表作『それ町』とはだいぶ雰囲気がちがうのですが、大学時代を描く物語としては正当なアプローチだと思います。
それでいてシリアス一辺倒の作品ではありません。
地面からほんの少し浮いた感性というか、プロット、エピソード、セリフ、キャラクターなど作品のすみずみまで石黒節としかいいようのない、他に似たもののないセンスがあってそれがとても面白いです。
作画面でもわりと実験的な技法が多い人だと思うのですが、シンプルでまるみのある絵柄のおかげかあまりとんがった印象は受けません。
なんてことのない日常の大切さと、なんでもないがゆえに生まれる不安。
笑っちゃうような情けなさと、泣きたくなるような切実さ。
音楽をあつかうという共通点もあって「グミ・チョコレート・パイン」「ロッキン・ホース・バレリーナ」など大槻ケンヂの青春小説をちょっと思い出させます。
石黒正数は普遍的な主題を、突拍子もない奇妙な作劇と演出で、しかし親しみやすく描くという矛盾にみちた才能と魅力をもっています。
そのワンアンドオンリーな作風で、今もっとも新作が読みたいマンガ家の一人です。