いちおうネオリベ、新自由主義のことがよくわかるのは、内橋克人「悪夢のサイクル」が一番よいと思いますね。
本書の場合はボストモダンなどの現代思想に慣れた人たちが読むとおもしろいと感じるでしょう。
インタビュー形式でまとめられているため軽い内容に思われがちですが、いまどきの文系大学生には無理です。大学院でも社会学に興味ある人でないと、結構難しいと思います。
ただ、思想に慣れている方、読む価値は非常に高いですよ。もちろん、思想に慣れている方はこのネオリベ批判思想にも批判する場合もあるので一概にはいえませんけど。
しかし、そもそもポストモダンから先のイメージというものは、思想の解体とか言われ、個性が主張を競って勝ってにあっちこっちで繰り広げられ、その中で錯綜とした個性戯れる自由な風景がイメージされていましたが、本書からはそれこそが幻想で、ネオリベに絡めとられる思想ではないかということが想起されてます。つまり、個性的ポストモダンの自己主張の強い建築物である東京都庁舎の足元には、お決まりの浮浪者が寝泊りする風景が展開するということを考えてみれば、社会風景としては全然ポストモダンのイメージにはならないわけです。もちろん建築物はポストモダンですが、社会を総合的に見ればネオ階級社会が現出していて、自由でなんとなく心地よい自己主張のできるポストモダン社会はどこかいってしまって、ポストモダン建築物は貴族の建物みたいになっているわけです。
これがおかしいということに直感的に気がつかないというのは、社会の不幸です。
結局精神的にもネオリベ思想は人々の間に、「自由な市場競争」「自己責任」という形で蔓延してしまって、自らも「なんでこんなに忙しいのだろう」という具合で、気づいていないわけなんです。つまり、心までネオリベに操作されているという意味では、どうもネオリベというもの、すなわち新自由主義というものは一種の宗教のような、麻酔のような作用を社会にもたらしているのだろうと思われます。
それも、良かれと思い、悪いことになっていることが知られない、良かれと思い、差別や迫害をする。でも迫害していると思ってもいない、麻痺しているから気づかない・・・無慈悲な宗教(思い込み)に麻痺されているわけです。
まあ、ともかくも、アルゼンチンとか、チリの二の舞だけは勘弁してほしいなという感想です。