「例えば、身体の、あらゆる部分が独自に意志を持って同時に機能し始めたとする。主体としての自分が解体され、分散された感覚として活動するのだ。
それが、可能であったならば、人は孤独から解放されるだろう。そのように考えると、非常に楽しい気分になってこないだろうか。
文字も同じように、文章として定められたある方向へと流れていくのではなく、各文字が独立した、この世界に放置された有機体のように、同時に存在を許されるような、絵画のようなものであってほしい。
言葉たちの個々の運命に我々が介在するようなことがあってはならない。(大意)」(『ニートピア2010』)というコンセプトをもとに書かれた短編集である。だから、小説に人生とか人間の心理とかを求める人が読んでもあまり楽しめないかもしれない(だからといって、楽しめる人ほうが偉いとも思わないが)。阿部和重などの小説と違い、かっちりした構造がないので、アメーバのようにぬらぬらした印象をうけた。
個人的には、『名もなき孤児たち墓』は不調だったが、今作で少し盛り返し、しかも、進化したように思う。中原昌也の過去の小説は、やたらテンションが高いパチパチした言葉や極端な馬鹿馬鹿しさが読んでいて面白く、それが快楽であった。『ブン殴って犯すぞ』や『誰が見ても人でなし』のスラッシュで区切られた怪しいセンテンス群は過去のその流れをくんでいる。今回はさらに、それに不気味さや迫力、映像化不可能な独特の「世界」を描けるようになっていると感じた。具体的には、『怪力の文芸編集者』『誰が見ても人でなし』『声に出して読みたい名前』『忌まわしき湖の畔で』のラストとか『誰も映っていない』などの作品である。
この本もそれなりに面白いが、『子猫が読む乱暴者日記』が個人的には傑作だと思うので、読んでない方はそちらを先に読んだほうがいいかもしれない。494円と安いですし。