バルネ・ウィランは1959年に初アルバム「バルネ」衝撃的にデビューする。弱冠22歳。共演者はケニー・ドーハムにデューク・ジョーダン。「ジョルドゥー」と「ベサメ・ムーチョ」が鮮烈な印象をジャズファンに残した。しかし70年代80年代は事実上演奏休止状態だった。そんなウィランを「発掘」したのはアルファ・ジャズ(現在はM&Iから再発)の原哲夫と木全信プロデューサー。しかしアルファの木全作品はどちらかというと「受け狙い」のムードミュージックだった。時は流れ、ヴィーナス・レーベールから原哲夫プロデュースでこの名作が生まれた。うまいサックス吹きは多いけれど、粋なサックス吹きは、米国だったらスタン・ゲッツ。ヨーロッパだったらこのウィランだろう。ファッションでいえばゲッツはボタンダウンシャツを粋に着こなす。ウィランはノーネクタイのイタリアン・スーツというところだろうか。マイススとの共演であまりにも有名な「危険な関係のブルース」「クライ・ミー・リバー」「ユード・ビー・ナイス・・・」など懐かしい名曲ばかり。しかし、ウィランのサックスは粋だがムード・ミュージックには流れない。バルネは死の直前にもう一枚も名盤「パッショネー」をヴィーナス・レーベルに残している。原哲夫さん、ウィランありがとう。僕たちはジャズを聴いていてよかった。