2009年の現在、兵頭氏の核武装に関する持論は
大幅に変化しているが、それでも本著は読む価値があると考える。
数値や技術的な考察については色々と異論が出ると思う。
しかし、そもそも核兵器というものは、非保有国にとって
その運用計画立案、核技術諸々の経験値や暗黙知において
保有国に到底及ばない絶対的な敷居が存在するものであり、
保有国が公表分のデータですら色々と含みがある。
良くも悪くも非保有国、日本の現実の一部というワケだ。
本編もさることながら、巻末付録の筆者による「核戦争関連年表」
は実に面白い。
「この年表は、ある技術的な出来事が、ある政治的な出来事と関連
している場合があることを示唆しようとするものである。遺憾なことに、
月・日の不明、配列の前後転倒がある。ご海容を乞う。」とある。
かつて日本が鎖国を選択できた時代、世界史の上では様々な事件
が起こり、国家や人間集団の興亡があった。
それらの余波は、後世の我々が既に識るように日本を否応なく
洗った。
長岡半太郎の原子模型(1903年)から100年。
日本人にとっては、2回の核攻撃を受けたことすら
「黒船」の衝撃に値しないのだろうか?
この年表を眺めているとそんな感慨を覚える。
日本人は養鶏場のニワトリであることを即刻やめ、
自分の頭で誰が日本人自身を護るのかを真剣に考えるべきである。