私は現在49才で大学では哲学科に在籍していた。だが、当時の大学生一般はすでに極めてノンポリ化してしており、マルクス主義はもちろん、ヘーゲルやカントやデカルトについて無知であった。「現代思想」が流行した時期であり、フランス系の文学的な哲学が流行した時期であった。ただ私の在籍した大学は学生運動の残滓が色濃く有り、中核と革マルの最期の戦い(?)を目撃した最後の世代でもある。
当時にしてもうブント近傍では、吉本は見当違いの発言を繰り返し失望を買い往年の価値を失っていた。廣松のマルクス解釈を基礎にした上で、柄谷の価値形態論の可能性に注目が集まっていた。
そして現代思想ブーム以後出てきた、仏語ができても流行に出遅れた加藤典洋や外国語ができないせいか現象学を矮小化した竹田青嗣らルサンチマン派=土着自前派は、大言壮語の割にこの30年間何も自前の「思想」とやらを提出できなかった。
だが、何だかんだ言っても、東大総長に登り詰めた蓮實重彦の教養を圧倒できる文芸・映画批評は以後皆無で、彼は日本映画の世界化に尽力しているし、柄谷行人のように何度も失敗しつつも自己の思想を練り上げ体系化し、それを英語で発表し海外に問い、真に世界思想に高めた者はいない。柄谷の著書は世界中で広範に読まれている。実際、海外のマルクス学会で英語で講演した者は彼しかいないのだ。
そして浅田はかつて編集しかできないと揶揄されたが、カルスタ・ポスコロ学者を初めとして、創造が「引用の織物」(バルト)だとして、では海外でも名の知られる彼ほどの編集能力を発揮した学者がいたか、と言えばいない。この三人(と中上)はデリダと討論できた人間だ。
一方で同じく蓮實・柄谷の影響下にあった東は「批評空間」から出てきたはいいが、上の3人を能力的に越えられず、正にエディプス的反抗心から対立を試みるが失敗し、同じ対象が扱えぬからと所詮サブカル批評しかできないという袋小路に陥っている。周囲が馬鹿しかいない所で批評も何もないであろう。大塚のほうが現場からの批評でよほど説得力がある。
この状況は、しかし、東の資質にのみ還元されるものでなく、お笑いで言うなら、ビートたけしらが今の笑いのパラダイムを作り、大転換をもたらしたがゆえに、後進が何をやっても所詮はヴァリエイションに過ぎず、その土俵で踊っているだけにしかならぬ状況とイソモルフィックである。
これは後発的近代たる日本で「一人二役」で批評や思想をやらずにいられない制約の問題であり、幼稚な世代論を下敷きにしつつ客観的記述に見せかけた書物で語られるべき代物ではない。そもそも、季刊思潮や批評空間で行われた明治〜昭和の「日本の思想・批評」を巡る討議すら押さえていない若者が多い中、そういう無教養な若者相手に手前勝手な要約で現代日本の思想を語るのには問題がある。
通常の博士論文では対象は「死者」であるのが不文律だ。同世代である東への擁護が鼻につく。現在進行中の仕事を多く抱える人間を俎上に載せる場合にはもっと緻密な分析が必要だろう。