ナボコフに興味のある人(ナボコフが好きな人、嫌いだけれど、何だか気になるという人)はもちろん、小説を読む人全般に読んでみてほしい本です。
ナボコフは自分の作品の多くをロシア語から英語に(『ロリータ』に関しては英語からロシア語に)自身の手で訳していますが、この本ではそのロシア語と英語の原文を並べ、対照することで、作品の細部を読み解き、その呼応を捉え、作品全体に関わる仕掛けを発見しています。そのプロセスは鳥肌ものです。
ナボコフが自分の作品を翻訳(=自己翻訳)していく中で、自分自身の言葉にどう向き合ったか、自己翻訳という行為への著者の洞察が光ります。
ナボコフと言えば技巧的な文章で読者を試して馬鹿にしているようなイメージを持っている人も少なくないとは思いますが、その仕掛けを読み解いた先にあるのは、個々の人間を見つめるまなざし――個人的には、それは深い意味においてとても優しく、倫理的なものだと感じました――なのだと気付かされました。ナボコフを読む心構えが、かなり変わりました。
また、この本は、単なる情報を提供するだけの研究書ではない、と感じました。著者の文章は明晰かつ深みがあり、この本自体、良質な言葉で編まれた一つの作品のよう。そこにあるのは、一人の至極有能な文学研究者の、ナボコフに対する信頼と真摯さの物語。考え抜いた上で選ばれた言葉が作品を紡ぎ、そこには一語の無駄もないことを信じ、著者はナボコフの作品に向き合っています。そこに、作家と読者の、言葉と読みの、絆の可能性のようなものを感じ、感動しました。
文学作品に、言葉に向き合う姿勢を見直させてくれる良書です。なお、訳やルビ、ロシア語のニュアンス説明も丁寧なので、ロシア語がわからない人でも充分楽しめると思います。