私は展覧会を見に行くと、作品と同じくらい、見に来ている人の反応が気になります。作家が作品に向かい合って考えたであろう事と、それを見ている自分、そして見に来ている他の観客。自分が作品にどのように向かい合っているかということは、来場している他の観客にも影響を与えているわけです。純粋な観察者というのはありえません。
アートは、作家や作品について「勉強する」ことで面白さが理解できるようになることもあります。自分で勝手に想像することで面白いこともあります。その二つのどちらも同じくらい大事で、自分の想像が作家やキュレーターの意図よりも軽いと決めつけてはいけないと思います。
逆に言えば、そういった前提がなければ、アートの持つ意味、個々の人間の人生における位置づけというものを見誤り、過大にまたは過小に評価することによって、アートを通じて何かを考えるきっかけというのを簡単に失ってしまいかねません。美術批評家をはじめとする「アート関係者」が率先してそのような傾向を助長しているように思える時があり、つねづね残念に思ってきました。
一方で、この本は、明快に何かを書いている本ではないにも関わらず、似たような事をもやもや考えていた私にとっては、上記のような自分の問題意識を明確化するのにとても役立ちました。「我が意を得たり」という思いです。
一般大衆、作家、コレクター、美術館、キュレーター、批評家、それぞれの立場自体に独自の意味があるのではなく、どんな表現も一人の個人の人生を反映しきれるものではなく、ただ、何を目指しているかということが重要なのだと言う、当たり前のことを、国際的なアートのトレンドの変遷を客観的に見ながら(そして、「互いに影響を与え合う観客」の立場を意識的に叙述しながら)述べた、大変意欲的な本だと思います。