『ナジャ』は、シュルレアリスムの生みだしたもっとも美しい結晶のような作品だ。
謎の女ナジャとの遭遇のみならず、作者が偶然パリで出遭った「生の現実=超現実」の体験が、さりげなく、巧みに語られている。
当時では珍しく写真が挿入されたのは、ドキュメントとしての価値を付与するためだろうか、《痙攣的な美》をうつしとれる写真芸術へのオマージュを捧げるためだろうか。
結果的に「物語+写真」という新しい作品『ナジャ』が作られることになった。
これらの写真は、現在のわたしたちも理由もわからず見入ってしまうような、不思議な謎を秘めている。
写真が本文と呼応しあい、特別な閃光を放っている。
この岩波文庫版翻訳には綿密な註と解説がついていて、ブルトンの詩的で難解な文章や写真のはなつ謎を解読するすべを教えてくれる。註や解説は見事な研究成果であり、それだけ読んでも面白い。
また翻訳自体、すばらしくこなれていて読みやすく、『ナジャ』の決定版を目指していると思われる。
1963年、ブルトンによって全面的に改訂された版をもとにしたこの岩波文庫の翻訳と、白水社で出版された28年版の翻訳と読み比べると、ブルトンが死の直前にこの作品を書きなおした理由が明らかになるかもしれない。