ジョージ・セルはハンガリー出身の偉大な指揮者で、クリーヴランド管弦楽団と多くの名録音を残した。この録音と同じ年に日本にも訪れて、大変な名演を残している。それはソニーから発売されているからそちらも聴かれる事をお勧めする。彼の音楽はスコアの透徹した読みと徹底的なオーケストラの練磨によって作り上げられた芸術で、整然としたアンサンブル、洗練された響き、緊張の糸がピンと張った全体の構成感などまさに完全に磨き上げられたガラス細工のようなものである。それはモーツァルトに特に顕著に現れている。この事は逸話としてウィーンフィルに客演した時に「クリーヴランド管弦楽団はこのレベルから始まる」といったという事からも理解できるだろう。このような大指揮者なのにも関わらず来日するまでは日本ではあまり知られず、人気もなかった。今でも知らない方がいらっしゃるかもしれない。確かに彼の演奏は我々聴き手に媚びないため、好き嫌いがはっきり分かれるだろう。そのため、多くは初めてその曲を聴く方にはセルの演奏はお勧めできない。しかし、ここに収められたドヴォルザークは彼の最後のレコーディングで彼の総決算であり、私は第一にこれをお勧めしたい。それは、上に述べた彼の個性がそれほど前面に出ていないからである。
交響曲では第一楽章の冒頭の弦や第三楽章の主題など洗練されてはいるが、それが大変ロマン的な美しさと温かさに満ちている。これはハンガリー出身の彼の望郷の念から出たものかもしれない。他の楽章でも整然としたアンサンブルで見事な演奏がされているが、そこから木漏れ日の如く温かさと優しさが滲み出ている。これが彼が到達した偉大な芸術である事がわかるが、それにひれ伏すような感じではなく妙に楽しさと親しみを覚えるのである。そのため聴いた後には何か後味が良いのである。
一方、余白のスラヴ舞曲は彼の癖が出た演奏である。テンポやダイナミズムなどが独特であるから、好き嫌いが分かれるかもしれない。しかし、整然としたアンサンブルである事に変わりない。
私はこの録音を聴いて芸術というものを改めて考えさせられた。昨今、耳あたりの良い音楽やクラシック音楽を勝手に編曲してコマーシャルなどに用いる甘ったるい感傷的ロマンがもてはやされているが、セルの演奏を聴くと厳しく音楽と対峙し、その本質を聴衆に伝えようとする音楽的使徒の精神にただただ感服するのである。このような人が少なくなった現在、この録音は大変貴重である。ぜひ、この演奏を聴いて考えて頂きたい。