ゲーセンで熱狂的なファンを生み出したことで知られるこの作品ですが、
私は当時小学生でしたから、ファミコン版で出会いを果たしたのでした。
1985年という年はファミコンとその後のゲーム史の中での画期となる年でした。
9月に発売されたスーパーマリオブラザーズが、
テレビゲームの爆発的普及の一大契機になったことは今更言うまでもありませんが、
その前後にはこのドルアーガの塔やボンバーマン、シティコネクション、スペランカーなど、
今なお語り草になる名作たちが次から次へと生まれてきたのでした。
私もファミコンに夢中になったど真ん中世代の一人ですから、
これらの名作たちの発売スケジュールに合わせて、当時の記憶が今でもまざまざと呼び起こされます。
授業が終わるとひとしきり野球やサッカーをやって、
それから友達の家に集まってみんなでゲームをやる。
みんなそれぞれ買う作品を分けあって、友達と借りっこをしてどのゲームもみんなで楽しみを共有したものです。
そんな懐かしく微笑ましい思い出の中でも、私が今も最も好きな作品がこの
「ドルアーガの塔」です。
当時日進月歩の状態にあったファミコンソフト。
新たな作品に触れるたび、新鮮な驚きに目を輝かせたものですが、
僕にとってはその「驚き」が最も深い作品だったからです。
当時の作品にはまだあまりなかったストーリーが深く彫りこまれていたことがまず一つ。
神話的な荘厳さを持って描かれる剣と魔法のストーリーの雰囲気に、
子供だった僕はどこまでも酔いしれていたのです。
その世界を彩る多彩なBGM、テンポのよいプレイ感、難解な謎解きと手ごわい敵たち・・・
突然暗闇に包まれるステージや、流麗な音楽にのって現れるサキュバスや女神イシターの姿にも
いちいち新鮮な感動と驚きを感じたものでした。
「主人公が成長する」という要素も、当時RPGを知らなかった私には驚異でした。
「子供がゲームばっかりやるなんて不健康な!」
なんて言われたもんですが、そんなことなかったと思います。(ちゃんとカラダも動かしていたし)
ゲームを通じて仲間との会話や、相互関係が築かれることは大いにプラスだったと思います。
何より、黎明期にあった家庭用ゲームの、表現に対する自由快活な貪欲さ。
それに触れるたびに受け取った感動や驚きが、いま僕の中にまだ生きていると思うのです。
今、日本経済が停滞感に包まれる中、一方でデザインや表現の分野では、
日本は世界の先端に立とうとしています。
今その中心的世代にいる僕らの共通体験として「ファミコン」というものがあることは間違いない事実だと思うのです。
そして今またメディアは新たな進化を遂げて、
インターネットの洗礼を受けた子供たちが将来どのようなものを作り出すのか、楽しみです。
自分たちが子供の頃大人たちから受け取った創造のメッセージを、また伝えてゆけたら。
今なおそんなことを思わせてくれるこの「ドルアーガの塔」は、私の中の最高の一本です。