内容(「BOOK」データベースより)
北京特派員が等身大のアジアを活写。アジア庶民の人間模様を“生活者の視点”で。
内容(「MARC」データベースより)
中国報道の第一線に立つ現役特派員が問いかける。「日本を含むアジア、とりわけ中国の今が見えてきましたか」と。アジア庶民の人間模様を「生活者の視点」で綴るノンフィクション。
出版社からのコメント
「この本は、私的生活を題材にユーモアあふれるタッチでアジアを描きながら、中国報道の第一線に立つ現役特派員が、読み終えた人たちに問いかけているのだ。「日本を含むアジア、とりわけ中国の今が見えて来ましたか」と。加藤君はそんな質問を投げかけているのだろう。(毎日新聞・飯田和郎中国総局長 解説の言葉より)
著者からのコメント
中日新聞・東京新聞の北京特派員としての生活は足かけ6年となりました。良くも悪しくも国際社会で日増しに存在感を益す中国の首都に身を置き、国際ニュースの送稿に追われ続ける日々ですが、特派員生活の一つの区切りとして著書「ドラゴンと月亮(お月さま)」(東京図書出版会)を出版いたしました。
「ドラゴン」と「月亮」というのは、私の前妻ヘレン・フォーテスと、現在の妻である陶成英のニックネームです。特派員生活や二人のアジア妻たちとの異文化摩擦の連続である日常生活を縦糸に、20年間の新聞記者生活を横糸にして、肩のこらないアジア論・中国論を織り上げたいという試みです。
ストレートニュースの陰で、新聞紙面からこぼれ落ちてしまうようなアジア庶民の喜怒哀楽や中国の実相を、「アジアに生活基盤の片足を突っ込んだ特派員」として、大上段に構えることなく分かりやすく読者に伝えたいという希望をもって執筆しました。(加藤 直人)
「ドラゴン」と「月亮」というのは、私の前妻ヘレン・フォーテスと、現在の妻である陶成英のニックネームです。特派員生活や二人のアジア妻たちとの異文化摩擦の連続である日常生活を縦糸に、20年間の新聞記者生活を横糸にして、肩のこらないアジア論・中国論を織り上げたいという試みです。
ストレートニュースの陰で、新聞紙面からこぼれ落ちてしまうようなアジア庶民の喜怒哀楽や中国の実相を、「アジアに生活基盤の片足を突っ込んだ特派員」として、大上段に構えることなく分かりやすく読者に伝えたいという希望をもって執筆しました。(加藤 直人)
カバーの折り返し
毎日新聞・飯田和郎中国総局長も共感した「記者の目線」
ー北京特派員が等身大のアジアを活写。アジア庶民の人間模様を”生活者の視点”で。
ー北京特派員が等身大のアジアを活写。アジア庶民の人間模様を”生活者の視点”で。
著者について
加藤直人(かとう・なおひと)
1962年、岐阜県瑞浪市生まれ。名古屋市の私立東海中、高を経て慶応義塾大学法学部卒業。86年にサンケイ(現・産経)新聞社に入社。静岡支局、東京本社を経て、89年に中日新聞社に移籍。岐阜総局、社派遣留学生(北京外国語大学)、東京本社外報部勤務の後、97年から2000年まで北京特派員。名古屋本社社会部デスクを経て、03年から2度目の北京特派員、05年1月から中国総局長(北京駐在)。
1962年、岐阜県瑞浪市生まれ。名古屋市の私立東海中、高を経て慶応義塾大学法学部卒業。86年にサンケイ(現・産経)新聞社に入社。静岡支局、東京本社を経て、89年に中日新聞社に移籍。岐阜総局、社派遣留学生(北京外国語大学)、東京本社外報部勤務の後、97年から2000年まで北京特派員。名古屋本社社会部デスクを経て、03年から2度目の北京特派員、05年1月から中国総局長(北京駐在)。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
加藤 直人
1962年岐阜県瑞浪市生まれ。名古屋市の私立東海中、高を経て慶応義塾大学法学部卒業。86年にサンケイ(現・産経)新聞社に入社。静岡支局、東京本社を経て、89年に中日新聞社に移籍。岐阜総局、社派遣留学生(北京外国語大学)、東京本社外報部勤務の後、97年から2000年まで北京特派員。名古屋本社社会部デスクを経て、03年から2度目の北京特派員、05年1月から中国総局長(北京駐在)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1962年岐阜県瑞浪市生まれ。名古屋市の私立東海中、高を経て慶応義塾大学法学部卒業。86年にサンケイ(現・産経)新聞社に入社。静岡支局、東京本社を経て、89年に中日新聞社に移籍。岐阜総局、社派遣留学生(北京外国語大学)、東京本社外報部勤務の後、97年から2000年まで北京特派員。名古屋本社社会部デスクを経て、03年から2度目の北京特派員、05年1月から中国総局長(北京駐在)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)