不貞の旅行に走った自分の母を追いかけて旅行をする話と言えばそれまでだが、
実際はそんな安易なストーリーではないことが、この作品の素晴らしさを濃くしている。
ドナウに沿って旅を続けていくうちに、
最初は敵みたいな関係だった二人が、ごく自然に胸襟を開くようになる見事な展開や、
生きていれば誰しもが感じているはずのことを、ストーリーに沿ってさり気なく含ませ、
そう言った過程の中で、登場人物らが様々に変容を重ね、人によっては見事な成長までをも果たす。
それがいかにもな展開で、作者の思いのままにことが進むようには決して感じさせず、
それでいて、まさにストーリーにぴったりな風景描写を持ってくるところが随所に見られる。
(遊園地での観覧車を巨大な時計に見立て、その中で話をしながら、時が流れて時が解決するように、
困難を背負った人間の心の裡がゆっくりと動き出す様子は、まさにその象徴かも知れない)
ごくごく自然に読み進められながら、実はストーリーも叙情表現もかなり計算されていて、
しかもそれを読者にあからさまにしない点は、まさに職人芸ではないか。
朝日新聞の連載というハードルをこなしながらも、緻密に描ききっている点がまた素晴らしく、
ストーリーテラーと呼ばれる氏の技が張り巡らされた貴重な長編作品だと思う。