結構重厚な本であり、読破するのに時間がかかったが、哲学的な作品にしては非常に読みやすく、そして何よりも精緻にドストエフスキーを読みこんでおり説得力に富む作品であった。
彼は、ドストエフスキーの作品を「ポリフォニー」と「カーニバル」というキーワードで特徴づける。特に前者については私がドストエフスキーの作品に対し常々感じていたことを裏付けてくれるような主張であると感じれらたため、今日はその点について一考してみたい。
私見ではあるが、私はドストエフスキーの作品の特徴を「脱中心的」と捉えてきた。それは、登場人物達の主張に重心がなく、あらゆる主張が異常なほどの存在感をもって並存している特徴を捉えて表現したものである(特に「悪霊」、「カラマーゾフの兄弟」に顕著であろう)。そこでは作者の立場、作者の意見を掴み取ることすら困難である。
私は所詮素人であり、こういったある種の芸術的な側面に理由なく魅力を感じるに留まっていたが、バフチンの著作はドストエフスキーがそういった芸術的特徴を生み出すにいたった手法の核心に迫らんとするものとして私には読まれた。その手法とは、自らが生み出した登場人物達に対話的にアプローチする手法であるという。
対話とは、一方的主張の衝突ではない。むしろ他者に対するとめどない関心により成り立つものである。確かにドストエフスキーの作中人物達がもつ異常なほどの存在感、リアリティは、単なる想定や観察のレベルで描き得るものではないと思う。
ドストエフスキーに対し改めて畏敬の念を抱くこととなった著作であった。