本書はドゴールの評伝ではあるが通史的なものではない。
幼少期や下野後についての叙述も少なく、周囲から彼がどのように見えていたかに触れ、
副題にある様な「危機の時代のリーダーの条件」を模索するものである。
「ドゴール将軍に取り憑かれた」という著者が本書を著した理由は、
第二次大戦とアルジェリア戦争という困難な時期にリーダーシップを発揮し祖国を救った
彼を「危機の政治家」として、日本だけでなく世界も振り返る必要があるからだ。
ドイツとの休戦後、ロンドンのBBCスタジオから「呼びかけ」を行っただけでも
ドゴールを「危機の政治家」と呼ぶことは可能かもしれない。
しかし、本書を読んで強く印象付けられたのは、むしろ、アルジェリア戦争を解決して見せたドゴールであった。
それは彼が批判した第四共和制どころか第三共和政までが、今日の日本の政治状況と酷似しているからである。
権限の弱い大統領の下で、第四共和政は1946年から1958年までに24回も内閣が入れ替わった。
アルジェリア戦争当時、くるくる変わる内閣は党利党略に明け暮れ、何ら有効な解決策を見いだせない。
政党は分派的性格によって弱体化しているだけでなく、政党自身の衰微が加わって離合集散が激しい。
政府は国家の防衛、名誉、独立とは何らの尺度も関係もない姿をさらけ出し、
議員達の駆け引き、策謀、ほくそ笑みの中で崩壊寸前であった。
そこで彼は「議会制民主主義は民主主義の唯一の形式ではない」と大統領権限の強化に乗り出した。
確かに、共和制をとるフランスと違い立憲君主制をとる日本では、彼の様な政治家が成功を収めるとは限らない。
しかし、短期政権ばかりが続く現代日本にとって、第四共和制の失敗から学ぶこともある様に思われる。
本書中、著者のドゴール以外の人物評については納得できない箇所もあったが、
「危機の政治家」の一つのモデルとしてドゴールを紹介する試みは十分に成功したと言えよう。