著者は放送記者である。あくまで「ヒト」に焦点を当て舞台設定を次々と展開していく、というテレビが得意とする手法を駆使した良書だ。われわれ一般の人たちの身近に潜みながら、絶対に気が付くことがないスパイハンターという「非日常風景」に迫り、読む者を飽きさせない。
たくさんのノンフィクションを読んできたが、本書は関係者の証言をつなぎ合わせるこれまでのパターンではない。ヒトの動きと言葉がテレビを見るがごとくつながり、新たなノンフィクションの分野を開拓した点でも画期的だ。
追尾対象となった自衛官の息子の死に直面し、目に涙をためて非情になれないハンター(捜査員)。摘発されて妻の前で泣き崩れるロシア機関員―。そこには、「能面」のような印象が強かった主人公たちの表情と心が見える。
こうしたリアルな描写を可能にしたのはまさに現場を重視した取材力だろう。ここまでスパイ捜査の手口を明かされた全国の警察組織の嘆き声も聞こえてきそうなほどである。問題が敏感なだけに、ニュースソースを匿名にせざるを得ないのは当然だが、著者が暴かなければ永遠に隠されたままであろう事実をつまびらかにすることを優先した著者のジャーナリストとしてのギリギリの手法に頭が下がる思いだ。
もう一つ、本書が問うているのが、インテリジェンスなき日本に対する警鐘だ。著者は「日本という国家が、いかに先進国のスタンダードからかけ離れた存在であり、自国民を守るという意識が希薄な国であるという事実に、危機感を感じていただけたらと思う」と結んでいる。
本書の最後に「巨体の外務省職員」が登場するが、著者の関心や取材対象は際限なく広がっているのではという印象を持った。次なる大作に期待したいものである。