『ドガ・ダンス・デッサン』は、意志の人ドガを、マラルメと類比しつつ、また同じく意志の人・自己をシステムと化した存在であるテスト氏とも共振させながら、描きだした断章形式の作品である。ヴァレリーは冒頭で本書が「心に浮かぶままに語られる」(p. 5)ものだと述べているが、『カイエ』(ヴァレリーのノート)に典型的なように、自己の精神に映ったものを取り出してきて断片的に記述していくことはヴァレリーがよくとる手法であり、大きな文脈でいえば近代文学特有の断章性を象徴するものであるといえる。ただ実際には、このドガ論は言うまでもなく『カイエ』などでも断章は推敲を経ているのであり、「心に浮かぶままに語る」というのは程度の差はあれ装われたものであるのも確かである。そこには完成と未完をめぐる矛盾的事態が伏在しているのだ。
たとえばヴァレリーは次のように書いている。
ひとつの作品とは、ドガにとって、かぎりない数の習作の結果、それから一連の計算の結果にほかならなかった。きっと彼は、作品とはけっして完成されえないものだ、と考えていたと思う。芸術家が自分の描いた絵をしばらくたってきから見直したとき、奪い戻してそれに手を加えたいという欲求を痛感しないでいられるなど、彼には想像もつかなかったと思う。彼が、友人たちの家の壁に長いあいだ掛かっていた絵を自分でとりはずして、みずからの巣窟に持ち帰ってしまうことがときどきあったが、そうなると絵が戻ってくることはまず滅多になかった。彼の親友たちのうちには、自分の所有する彼の作品を、彼には見せなくなる者たちもいた。(p. 88)
完成の完璧なイメージを理念として保持しながら、それがあまりにも完璧なゆえに、実際の状況としてはたえざる未完を宿命づけられるという事態。こうした未完性は、ヴァレリーに特有のものだが、興味深いのは、ヴァレリーが他方で完成に対して常ならざる執着をしめしている点である。それはまず、「衝撃」だけに還元しうるアヴァンギャルドの作品への批判として現れる。
どんな芸術家も、はじめにまず衝撃をあたえ、充分に罵られ、嘲弄されることがなければ凡庸だと見なすという奇妙な習慣を、わたしたちは身につけてしまった。わたしたちにぶつかってこない芸術家、わたしたちをして肩をすくめさせない芸術家は認められないのだ。ここから、まず衝撃をあたえねばならぬという結論が出てくる。そして人びとはそれに献身する。現代芸術をしかるべく検討すれば、三、四十年このかた、衝撃という課題に対して五年ごとに新しい解決法が見つけられていることが、かならずや明瞭になるであろう……。
わたしは、こうしたすべてに、安易さという危険を眺めている。芸術という観念が、一個人のもっとも完全な発達、それにひきつづく他の者たちの発達という観念と、ますます結びつかなくなっていると、わたしは思うものだ。(p. 103)
こうしてヴァレリーが擁護するのは未完性からは遠く離れていると思われる「大芸術」なのである。
わたしが《大芸術》と呼ぶものは、単純に、ひとりの人間の全能力がそこで用いられることを要請し、その結果である作品を理解するために、もうひとりの人間の全能力が援用され、関心を向けねばならぬような芸術のことである。(p. 131)
近代は「大芸術」と対立する。それが象徴的に現れるのが印象派に典型的なように、絵画を風景へと還元し光の戯れにしてしまう傾向である。ヴァレリーはそこに「知的部分の異常なまでにいちじるしい減少」(p. 126)をみいだす。ここからヴァレリーが絵画の理想として思い描いているのは、細部がきちんと描かれた大様式の絵画ではないかと思われるのだが、それは「未完性」とは著しく対立するものなのである。
こうして未完と完成のあいだをヴァレリーは揺れ動いているように思われる。完璧なる完成をめざして絶えざる修練を行うという状況は「未完」を余儀なくされるが、それは衝撃に身をまかせ偶然にすべてを還元する態度ではない。いわば、創造行為が自己目的化し自己完成のプロセスになってしまったような事態なのである。その意味で「ダンス」が『ドガ・ダンス・デッサン』において控え目ながらとり上げられているのは注意すべきであろう。ヴァレリーが語るダンスとは、輪郭のはっきりしたものではなく、浮遊するクラゲのように絶えざる変化のなかに身を任せるものである。そこでは運動は自己目的化しており、ある目的の実現によって終わることはないのだ(p. 18-26)。ヴァレリーが未完と完成のあいだで揺れるとき、彼が視野にいれていた領域とは、こうした「生成変化」の領域だったはずである。
いずれにせよ、『ドガ・ダンス・デッサン』に特徴的な未完と完成との矛盾的関係は、断片性を顕揚した近代文学そのものに伏在している問題であり、それを典型的に体現したヴァレリーには、近代文学を考えるうえでの無視できない範例性があるということができるだろう。
ところで、すでに述べたように、本書はドガをマラルメやテスト氏と類比して描いている。若き日のヴァレリーはドガと出会う以前からドガの作品を見て彼の人となりを想像し、それがテスト氏の造型にも反映しているようである。だが1930年代に書かれた本書は、若き日の『テスト氏との一夜』とはやはりトーンが異なるようにも思われる。若き日に描かれたテスト氏が、ある種の哀愁をおびつつも、それでもやはり「力への意志」を体現していたとすれば、晩年に回想されたドガは、意志の人ではありつつも、もはや滅びつつある芸術家のタイプとして描かれるのであり、そこには独特の愛惜感が漂うのである。
しかしドガは、この漠然とした作りものの栄光、新聞の示す統計的な名声の産み出す栄光を拒んでいた。彼は、自分の芸術をいささかも理解できない連中だとみずから拒絶するような人びとからの讃辞を軽蔑していた。それを面と向かって大声で語った。この芸術の正当な認識は、ごく少数の人びとにしか属さないと彼には思えた。なぜなら彼は絵画の問題をじつに長いあいだ情熱的に省察して、じつに多くの困難を発見しまた導入したからである。その結果、彼はそうした困難について、探究の微妙も、技法の神秘も、構成の高貴さないし精神も、政策の力ないし巧みも、すこしも理解できない俗人には伝達不能な観念をつくりあげていた。(p. 169-170)
滅び行くタイプの芸術家に対するヴァレリーの愛惜は感動的であり、上の一節は本書のフィナーレとしてふさわしい。しかしおそらくわれわれにとって重要なのは、人間の精神がはらむさまざまな問題の困難を安易に還元することなく見つめる態度なのであり、本書が一貫して視野に入れているものも、こうした「問題としての問題」の重要性に他ならない。
芸術というものは、すべて、長いあいだ考察されると、解決不能な問題へと深まってゆく。考察を長くつづけると、困難が限りなく産みだされてゆくもので、こうやって想像上の障害、たがいに相容れぬ欲望、気配りや悔いが、当人の理知や認識に比例して生成してくる、いや比例以上の関係にある。ラファエッロの流派とヴェネツィア画派のあいだでどう選択すればいいのだろう、ヴァグナーのためにモーツァルトを、ラシーヌのためにシェイクスピアを、どうやって犠牲にすることができるだろう? こういう二者選択は芸術愛好家にとっても批評家にとっても、いささかも悲劇的なものではない。ところが芸術家にとっては、これは、自分の仕上げた作品を反省してみるたびに改めて提起される意識の苦悶なのである。(p. 37)
創造する精神の内的な生成空間。ヴァレリーはそこに生起する問題と困難を見据えている。それは「芸術愛好家」や「批評家」が直面せずにすますものであるが、一読者にすぎぬわれわれが本書から学ぶべきものはまさにそうした問題に他ならないのである。