最初に公開されてからかれこれ20年近くになるが、今でもいわゆる「問題作」としての位置付けは変わっていないだろう。
人種差別を描いた作品ではあるが、あまた多くの白人によって製作された作品のように、「差別は悲しいことです」的な感傷的な面も、「差別はイケナイことです」的な教条的な面も無く、黒人側からの視点でいわば差別を構造的に描こうとしているように見える。さらには観客による感情移入すら拒否しているところもあり、クライマックスの暴動についても「やたら暑いから」、「ピザが小さいから」、「ラジカセがうるさいから」、「店内の写真が気に入らないから」と、まともに考えると全く共感に値しないような理由だけが並べられ、積み重ねられて、そして爆発する。
そして、人種差別に腹を立てたはずの黒人が、アジア人(韓国人)にターゲットにしようとする。やはり、この世は弱いものいじめで成立しているという事なのであろうか。
この差別と弱いものいじめの連鎖構造は、設定やテーマは全く違うが実際に従軍経験のある監督による「プラトーン」でも描かれていた。
それぞれの人種、国家、宗教が信じて揺るがない「Right thing」同士の衝突が、戦争、迫害、差別といった歴史を作ってきたのではあるが、未来をこれから少しでも良くしていこうと考えたときに、我々一人ひとりにとっての最初の一歩は、やはり「Do the right thing」ということなのだろうか。(それでも、この映画が公開されて1年ちょっとかそこらでLAの警官によるロドニー・キング・リンチ事件がおきた。)
本作は、Martin Luther King, Jr牧師と、Malcolm Xに捧げれており、最後に両者の演説の抜粋が引用されている。そのメッセージの重さは現代においても全く変わっていない。