柄谷行人という名前は前から知っていたが、雑誌への寄稿等で読んだことがあるという程度であった。この本をある偶然から手にして読んだところ、非常に興味深く、かつ興奮させられた。本書は、カントとマルクスに関する論考であり、多くの人はそれだけで興味を失うと思うが、内容は、今のわれわれにとってもきわめて示唆に富む。たとえば、カントの名言’汝および他人の人格を手段としてではなくつねに目的とするようにせよ’というのは、実は、’手段としてのみならず’ということで、カント自身は他人を手段として使うことを容認していた。こういうことで、人によっては、カントをドイツで最初の社会主義者とみなしている。このように、著者の視点は今までの我々が断片的な知識によって得た先入観を覆す常に斬新なものである。
僕が最も興奮させられたのはマルクスに関する部分である。マルクスは資本論等により、資本主義から、社会主義、共産主義にいたる道筋を理論的に定立したというイメージを持っていたが、この本を読んで、その理解の不十分さを認識した。著者によれば、マルクスは国、地域の間で交換をベースとして発展する資本のダイナミズムを実証的、思弁的に分析したのであり、将来に関する予言はしていない。そうした、マルクスの仕事をいわば予言として改変したのはエンゲルスだというのである。こうした歪曲が現在のマルクスの評価にもつながっているのであろう。このように先入観を廃して読めば、マルクスも非常に新鮮なものとなりうるのだ。
この本は、社会とその中で生きる人間についてぜひ薦めたい一冊である。