もうこの人の作品を見ることは無いだろうと、半ば諦めていました、正直。
ファンになったのは子供のときだったのに気付けば私も立派な大人になっていました(笑)
しかし今読んでも作品の痛いまでの繊細さは健在。初めてこの人の作品を読んだ時と同じ衝動を感じました。
このトラッシュカンは、9つの短篇からなっています。
私は全て好きですが、その中でもやはり『告白ごっこ。』は秀逸。まるで詩集でも読んでいるかのようでした。
ここではクラスでも浮いている女の子ヨシユキ、 そんな彼女にラブレターを送ったクラスの人気者ミヤギ、そしてそのラブレターをヨシユキが破いているのを見てしまったこの話の語り手でもあるユタの3人の中学生を中心に物語が進んでいきます。
作中、自傷を隠そうともしないヨシユキに対するユタの皮肉にも似た言葉が何とも言えない。
『これみよがしの傷 救われたがっている仕草 僕もかつてそうだったでしょうか』
複雑な家庭の中でユタは、得意げに煙草をふかしながらヨシユキについて綴る。
『彼女が嫌いなのです まるで自分を見るようで 本物など与えたくないのです 救われる事など許せないのです 僕よりも深く傷付けたいのです』
そしてユタはヨシユキにある嘘をつく。しかしその嘘が後に各々の告白を促していくこととなる…
ラストはとても見事です。
たとえ自分の短篇集とはいえ、10年分の作品を「トラッシュカン」すなわち「ごみ箱」と名付ける作者の皮肉とセンスには脱帽。
この作者は若者の持つ痛いまでの繊細さや儚さを描くのがとても上手い。
それは大人になると失いがちなものであり、忘れていくことの方が多い。
しかしこの作品はそれを呼び起こしてくれる。
きっと一生大切にする作品になると思います(^^)