著者の上田教授は新進気鋭の中国史研究者です。伝統中国における宗族の意義や文明と環境の相互関係などへの問題意識が、最近特に注目を浴びつつあるようです。
本書は、そんな上田教授が、なんと、絶滅寸前と言われる「アモイトラ」の言葉を借りて、中国社会3,000年の歩みと自然環境との関わり合いを語ろうという試みです。「中国史研究者となった当初から、トラを主人公とする史書を書き上げたいと願っていた」とおっしゃるだけあって、魅力とオリジナリティに溢れる一冊に仕上がっています。
内容的には、花粉分析など最新の分析手法を用いて気温・降雨量・植生など古代以来の自然環境を再現することにより、気候変動が中華文明に及ぼした影響や、逆に文明の進歩が自然環境にもたらしたダメージとそのフィードバックを考察していこうとするものです。
筆者によれば、12世紀初頭からユーラシア大陸の東側で寒冷化が始まり、これが女真や蒙古による中原進出に影響を与えた可能性を示唆しています。本当かどうか、神ならぬ身には知る術もありませんが、これまでの東洋史学では余り意識されてこなかったテーマであり、たいへん新鮮なものを覚えました。
こうしたエコロジカル・ヒストリーの試み、深刻な環境破壊に悩む現代中国のあり方に関してもインプリケーションに富むものと言えます。まだまだ緒に就いたばかりですが、今後の進展が切に望まれます。
なお、著者は、本書の印税の五分の一以上をアモイトラ保護のために寄付すると宣言しています。失礼ながら、この手の本がそんなにたくさん売れるとは思えませんが、その姿勢と心意気には大いに感ずるところがありました。