チェコ出身で英国劇作家トム・ストッパードによる大作。否、これはもはや叙事詩ともいうべき書物である。
時は19世紀、ロシア知識人たちの革命を巡る理想・苦悩・友情を描く。
無政府主義者バクーニン、思想家・空想的社会主義者ゲルツェン、文芸批評家ベリンスキー、詩人・革命家オガリョーフ、小説家ツルゲーネフ、哲学者スタンケーヴィチなど個性豊かな登場人物。
構成は三つに分かれて、第一部:VOYAGE「船出」、第二部:SHIPWRECK「難破」、第三部:SALVAGE「漂着」。
英本国のみならず日本でも公演され三日間という驚異の演目ながら、好評を得たようである。
圧倒的なストーリーを飽きさせずに物語を展開しているのは、演出家に敬意を表しつつも、やはり脚本家の力によるところが大きいと言えるだろう。
物語の中で繰り広げられるスラブ派と西欧派の対立や旧体制派と急進派の相克は登場人物の迫力をもって我々を魅了する。重要な登場人物であるゲルツェンはナロードニキ主義の創始者とされる。彼の思想は、農民を農奴解放の客体としてだけでなく社会主義理想の主体として捉えている。
また、この本の下敷きとなっているのが、ゲルツェンの回想記的自伝「過去と思索」で、社会思想史上非常に重要な文献である。
本書は早川書房の演劇文庫として迎いれられ、多くの人が手にし愉しめることになった。作者自身も迫害を逃れ世界を渡り歩いた事を考えると、本作品の意義は演劇界に止まらず、現代の世相を考え生き抜く上でも、たいへん大きな足跡である。
少なくとも歴史的背景と思想の系譜を知っていなければ物語の面白さは伝わりにくいように思う。ましてやロシアの知識人の深さと歴史をや。
したがって、読み手(或いは観劇者)は真の知性を求められる。
豊穣なるユートピア(楽園)はやすやすと手に入らない証左であろう。