なんと静謐な世界だろう。幻想的な、雪に照り映える月明かりの蒼さ。
星の瞬きが描きこまれ、ものの影さえうす蒼く染まる夜更けの世界。
音なき真冬の農場で夜まわりするトムテの静かな動きに誘われて読みすすむうち
知らず知らず家畜たちの息づかいを感じている。
凍てつく冬の夜に、牛も馬も羊も鶏も、夢うつつながらに、トムテと交感する気配が
絵から立ちのぼってくる。
北欧の納屋や古い民家の床下などに住むと言われるトムテ。
エルサ・ベスコフの著には『おもちゃ屋へいったトムテ』という、比較的明るく
夢いっぱいの作品があるが、この19世紀のスウェーデンの詩人リードベリの『トムテ』は、
まったく違った味わいで、何百年も生きるといわれるトムテの孤独も寂寞も、描ききる。
この作品の本文は「詩」ということだが、「時」の流れの不可思議さを
トムテが有する時間を前面に出すことで、人間界の時間の限界を浮き彫りにし、
はるかなものの彼方から、慈しみをこめて描く。
何代もの一族の来し方行く末を見続けたトムテのことばが、胸に深く沈む。
悠久……(といっては、今の私には手に余ることばだが)の時を、
リードベリの詩に載せて、描ききったハラルド=ウィーベリの絵もろともに
こちらの心に雪崩れこんでくるのだ。
トムテのつぶやきが胸に沁みる。
「どこへ ながれて いくのだろう。 みなもとは どこだろう。」
今日、50歳を迎えた私には、ひときわ感慨深いことばである。