エジプトで1945年12月に発見されたナグ・ハマディ文書に含まれ、4世紀中頃にコプト語で写本された『トマスによる福音書』は、その多くが「イエスが言った」という導入句で始まる、グノーシス主義の立場から編まれた114のイエスの語録集で、語録の中には「アグラファ」、つまり「新約聖書に書かれていないイエスの言葉」、「未知のイエスの言葉」も30以上は含まれています。
グノーシス主義とは、現世的・物質的世界を強く否定する「反宇宙的二元論」に最大の特徴があり、人間霊魂の神性の回復、絶対者と自己との神秘的合一を志向した宗教運動であり、これに関しては近年わが国でもその原典の大部分が邦訳で読めるようになりました。本書『トマスによる福音書』もその一つですが、グノーシス主義・新約聖書学の世界的権威である荒井氏によれば、トマス福音書の原本に当るのは、遅くとも2世紀の中頃までには書かれただろう、現存しないシリア語版『トマスによる福音書』で、同書は成立した最初から、グノーシス主義的だったといいます。
グノーシス主義は近年、わが国でも一般に関心が大きくなっていますが、その思想的本質を知るには、本書から読み始めるのも有益だと思いますので、一読を強くお勧めします。