第一線で活躍してきた中国ウォッチャーが、「資本主義化する中国」の象徴とも言うべきトウ小平氏を中心に、文革以来の現代中国の歩みを振り返った力作。
本書の白眉はやはり趙紫陽の立場の変化を中心に天安門事件をめぐる政治過程を追った第一部だろう。一般的に、当時党総書記だった趙は学生の民主化運動に理解を示していたためにトウ小平ら長老の逆鱗を買って失脚した、と理解されている。しかし本書によれば、彼はその前年の価格改革による国内経済の混乱の責任を追求され、民主化運動が盛り上がる前には既に党内での実権をなかば失っていたとされる。
代わって採用されたのが保守派による「調整政策」だが、これは国家統制の強化によって無理やり事態の収拾をはかるもので、その結果生産指標は明らかに低下しているにもかかわらず消費者物価指数は翌89年まで上がり続けた。このように典型的なスタグフレーションの様相を呈していたのが天安門事件前夜の経済状況である。
この時期の「経済失政」がなければ、おそらく多くの市民が学生達の民主化運動を支持するということもなかっただろう。CITICなどいくつかの大企業が学生達を支持していたというエピソードはこの意味で象徴的である。趙紫陽は、このような保守派の「経済失政」への民衆の失望を背景に、民主化運動に柔軟姿勢で対応し解決するという処方箋を示すことで、強硬一本やりの保守派から主導権を奪い返そうとする最後の権力闘争を挑み、そして敗れたのである。
このことからも明らなように、この時期の中国には「民主とビジネス」のつかの間の蜜月ともいうべき状況が存在していた。いうまでもなく、両者の間に決定的な楔を打ち込んだ人物こそトウ小平である。その楔は現在にいたるまで打ち込まれたままだ。