一見つまらなそうなタイトルをしていますが、ものすごくおもしろかったです。
アーサー王の時代(岩波文庫の『中世騎士物語』なんかを参考にしてください)
にものすごくどうでもいいような事情でタイムスリップしてしまったアメリカ人が、
そこで大活躍するドタバタコメディ・・・かと思いきや、
主題はそこにはなく(笑えるところは相変わらずものすごい笑えますが)
人間の変わらない汚らしさ、醜さ、善良さ、善良さがひっくり返っての悪さ、
そういうものをアーサー王の時代と"比較考証"するのではなく、
"どれもこれも全く忌々しいくらい同じだ"という視点で、
もって次々と暴き出していく小説です。
トウェインの主眼も、あらかじめ用意された「アーサー王物語」という伝説のなかに、
アメリカ人をタイムスリップさせたら、
というよりも自分自身がもしそこにタイムスリップして、
善意でその場所をアメリカ的な自由な共和国に変えようと挑戦すれば
どうなるだろうかということを、筆力の及ぶ限りシュミレーションしてみる、
というところにあったようで、随所にトウェインの心の叫びが刻まれています。
ストーリーは『ハックルベリ・フィンの冒険』や『トム・ソーヤの冒険』と同じく、
練りに練られたプロットを叩きつける、みたいなものではなくて、
物語のある部分は長く、他のある部分はあっさり短く、
と長さのばらばらな部分がたくさんあるのを、時系列順に並べてみた、という感じで、
そのせいかどうも最後の終わり方が尻切れトンボのように思えなくもないですが、
その長く書かれている部分の箇所の勢いがものすごいので、
作品全体としてもすごく印象に残りました。
またこの作品を読むことでようやく、
トウェインの「ペシミスティック」の意味がわかりました。
トウェインは人生に悲観していたのではなくて、
人間、それもある種の不快な人間だけではなく、人間がただ人間として、
いつまでもだらだらこの世の中に存在することに、
それがもたらす数々のむなしい出来事に悲観していたようです。
この悲観の兆しのようなものはすでに
ハックやトム・ソーヤの冒険の話の中にも出ていたので、
もしあの2作品の中で「えげつない。」と思った部分があった方は、
この作品はそれがより強烈に突き進められて、
深度を深めた内容なのだと想像してください。
あの『公爵』や『王様』よりもひどい目に遭う公爵と王様がわんさかでてきます。
おそらくこの読後の強烈な印象はタイトルだけを眺めていても
絶対に沸いてこない、想像すらつかないものだと思うので、
気になる方はぜひ一読をオススメします!