横断レビューという形で
『勇気ある追跡』では、この物語における〈銃〉の位置づけを
原作小説『トゥルー・グリット』では、主人公マティの目から見た世界、細部のリアルな描写について語ってきました。
ジョン・ウェイン版もコーエン版も共通して感じたのは、多少のアレンジは各々あれど、原作小説に対するリスペクトにあふれている、という事。筋の運びはほとんど原作通り。中でもセリフは、両作品とも原作からそのまま使用しているものが多いです。
そして、この映画はコーエン兄弟にとって初の「国民的」映画、と言えるかもしれません。
今回の最大の目玉は主人公の少女・マティを演じる13歳のヘイリー・スタインフェルド。前評判から凄かったですが、確かに本作デビューとは思えない堂々たる演技。数々の映画祭で助演女優賞を受賞したのは頷けます。
「勇気ある追跡」のキム・ダービーは、酒やコーヒーに対する嫌悪感をたびたび表明する、プロテスタント長老派の思想の濃いキャラクターを演じていましたが、本作のマティは「タフ」な部分を強調したキャラクターになっています。「キック・アス」のクロエ・グレース・モリッツにしろ、今年は大人もタジタジの少女たちが活躍する年になりそうです。
ジェフ・ブリッジス演じる鬼保安官ルースター・コグバーンは「うしろめたい」過去を持つ、鬱屈したキャラクターを好演しています。J.ウェインとの違いは、このキャラクターの「弱さ」みたいなところもちゃんと表現しているところ。ラストの4対1の決闘も、単なるカッコ良さというより、いっときマティを幻滅させた事に対する名誉挽回、つまり「意地」を見せた、という感じもするのです。
そして、マット・デイモン演じるラ・ビーフ。いいです。気に入りましたこのラ・ビーフ!アクの強いキャラを、静かに好演。特に後半、舌が半分ちぎれかけ、うまくしゃべれなくなるのですが、それでもしゃべり続けるろれつの回らないセリフ回し、鬼気迫る熱演にこぶしを握り締めました。
このコーエン版の特長は、主人公の少女の「語り」を生かし、より原作に忠実な映画になっている、という事です。また、3人の仲たがいによってチームの集合・離散が描かれ、その中で3者3様の「True Grit」=「真の根性・勇気」が描かれる点がコーエン版の脚色のうまいところだと思いました。
ジョエル・コーエンによると、この映画は「少年少女の冒険談という面白いジャンルに属する」物語だ、とのこと。
父の敵を追って白人の「文明社会」からインディアン居留区という「異界」へ入り込んでいく=コーエン版は、この「異界」としてのインディアン居留区を非常に強く意識して演出しています。全身熊の毛皮を着て、まるでクマが馬に乗ってやって来るように見える奇妙なトレーダーや、樹の梢高く吊るされた腐乱死体など、マティが暮らしていた白人の街からは想像できないような風景の中を旅することになるのです。
これはアメリカ人が愛してやまない『不思議の国のアリス』や『オズの魔法使い』の系譜に属する、少女が異界へ足を踏み込んでゆく冒険譚なのです。もちろんお供はカカシやライオンではなく〔凄腕のガンマン〕なのですが(笑)
そしてちょっと驚いたのは、「狩人の夜」で印象的に使われていたあの有名な賛美歌「Leaning on the Everlasting Arms(主の御手に頼る日は)」のアレンジ曲が、冒頭から全篇にわたって流れ、終幕もアイリス・ディメントによるヴォーカルでエンドロールが流れる、という演出。デビューから一貫して、一般の観客にはちょっととっつきにくい、クセのある作風で「神の不在」ともいえるニヒリスティックな物語をスクリーンにぶちまけてきたコーエン兄弟とは思えない手法。ハードな追跡劇も、この曲の効果で詩情あふれる「国民的西部劇」になるのです。
♪〜
主と共にあらん、この神々しき恍惚 とこしえなる御手に身をゆだね
主の寿ぐこの安らぎは とこしえなる御手の裡に
(中略)
わが途を照らす、この光のまばゆさ とこしえなる御手に導かれ
何を怖れん、何をためらわん このとこしえなる御手に抱かれ
安らぎは主と共にあらん とこしえなる御手に、わが身ゆだねる限り・・・
西部開拓時代を象徴する「銃」の暴力と対極にある、道徳や慈愛を象徴する、キリスト教。
映画の前半では、マティという少女の背景にある信仰を、この曲は暗示しているようです。
そしてクライマックス、ガラガラヘビに咬まれて瀕死のマティを、コグバーンは「両腕に抱え」冬の荒野を、おとぎ話のような(「狩人の夜」を思い出す!)星空の下をひた走ります。
映画のラストは、「勇気ある追跡」とは違った展開を見せます。
そこでこの曲は、マティの「想い」へと昇華してゆくのです。
「True Grit」横断レビュー、これにて終幕。