この本は、デンマーク在住の筆者が、現地の議論を踏まえながら福祉国家の変容が進む様子を丹念に示したものです。普遍的だった社会保障や社会サービスが、新自由主義的な議論の中で、社会的に排除されやすい人がより周辺へと追いやられやすい制度へと変革されつつあるという本書の指摘は、海外の政策を理想化しがちな日本にとって重要な視点を与えてくれるように思います。また、個人の自立を促す教育や個人の意思を尊重する社会の仕組みが、家庭の問題や民族的なバックグラウンド、加齢による問題を抱える人など、強くあることが難しい人々に不利に働くことがあるという指摘も、考えさせられます。
なかでも、興味深かったのは、日本でも有名になりつつある、デンマークのフレキシキュリティモデルに関する記述です。柔軟な労働市場とそれを支える充実したセーフティネット、教育保障としての職業訓練を組み合わせたこのモデルは、労使協調の伝統の下で長年積み上げられてきたものであること、一方で多様な主体が異なる認識を重ねがちなためにバランスを取ることが難しいモデルであること、実際、セーフティネットの縮小などにより新たなバランスの模索が進んでいるということは、これまであまりきちんと指摘されてこなかったように思います。こうした「ひりひり」するような本書の内容は、意図的に選択された「影の部分」というより、デンマークの人々が一抹の不安とともに感じている「今の状況」を誠実に切り取った結果なのだろうと思います。
本書は政策や制度の中身についても詳しく触れています。このように書くと内容が難しそうに感じるかもしれませんが、筆者のスタンスが明確であること、政策や制度の変化が何を意味するのかを「さらり」とまとめる一文が随所にちりばめられていることから、スリリングな小説を読むような感覚で読み通すことも出来ます。デンマークに焦点をあてた本ではありますが、ここで書かれていることは、欧州の福祉国家が共通して直面している問題でもあると思うので、そうした問題を、温度のある議論を通して知りたいという人にもお勧めです。