79年のOFF THE WALL以来3枚のオリジナルアルバムを名匠クインシー・ジョーンズと作り上げてきた。その3枚のアルバムの合計は全世界で1億枚を超え、10枚の全米1位の曲をたたき出してきたコンビだ。
そんな無敵のコンビはとうとう終止符が打たれ、マイケルは新たな旅立ちを決意するのだった。
大きな理由としては、時代はHIP HOP主流になりつつあり、斬新なブラック系のビートを手にしなければ、ダンスミュージック主体のマイケルに道が開けないからだ。
そして、クインシーとは二人三脚で、依存しているところも大きかったために、今度は本当の自立をしたいということだろう。それは、どんなプロデューサーと組むにしても、舵はあくまでマイケルが取るということだ。
そんな中、白羽の矢が当たったのは当時20代にしてニュージャックスウィングを編み出し、時代の流れの中で欠かせない大きな一角を占めていたテディ・ライリーだ。彼はマイケルと共に7曲手がけ、メインプロデューサーとして腕を振るった。そのアップナンバーの数々は実験的で、今までのマイケルの中で最もハードでグルーヴ感に満ちているものだった。そして、個々のクセのあるビートにマイケルは見事に乗りこなし、完璧に自分のものにしている。これらのアップビートは第二期のマイケルの土台になっていて、これを軸に以後発展しているのが解る。
だが、世界的に有名でマイケルにとって1、2を争う代表曲となったのは、それらのテディ作品ではなく、スラッシュを招いたBLACK OR WHITEだった。この曲は7週間連続で全米1位を記録し、ビリー・ジーンと並んで自己最高のヒットとなった。それ以外にも深みを増した美しいバラードが沢山詰まっていて、テディ・ライリーのアグレッシブな楽曲との調和が取れている。アルバムは最終的には三千万枚近くのセールスを築き上げ、内容的にも90年以降のマイケルの中でも最高傑作なので、ブラックミュージックファン、マイケルファンに限らず一度は聞いてほしい名盤である。