これに限らない事だが、トッドの著作はどの部分を読んでも示唆に富むと思われるので、各章ごと要約してみたい。
序章-ここで「サルコジ局面」と呼ばれるものを取り上げ、フランスでは政治的責任を果たす事が求められる、エリート層のナルシシスト化・アトム化を糾弾する。またこれは全般に渡り、トッドが問題として取り上げる政治的危機である。
第1章-宗教、ここではカトリック教がまず実践のレベルで影響力を失い、サルコジが表す新自由主義的なものことがはっきりとキリスト教価値観が消え去った事の証左であるとする。またこの章では、地域的な分析、それは家族的分析である、をもって政党と政治思想の盛衰を語っている。サルコジ主義をコケ下ろすのもそうだが、それ以上にロワイヤルの名で名指しされる社会党の右傾化へも手厳しい評価である。
結果として、キリスト教の消失とイデオロギーの形骸化がもたらした世俗性の暴走が、現在イスラームへの敵愾心へ向かっていると締めている。またここでもイスラーム世界は識字率の上昇による世俗化を果たしているとして、「文明の衝突」と呼ばれるモノに否定的である。
第2章-教育の停滞、つまり識字率の上昇が完了し、教育が全国民化した後に生じる反知性主義に触れる。教育の停滞局面以後については、イギリス・ブレア時代を引き合いに出し、再上昇もあり得るとする。また停滞局面の要因はテレビの普及であるとするのと、インターネットによりもたらされた文字文化の復活の可能性は、メディア論への教育的切り口としてユニークであろう。文化的悲観論と呼ばれる、日本ではゆとり教育世代へ向けられる類の視座が、過去の理想化・反動主義をもたらすモノであると同時に、ネオリベラルな自由貿易・賃金圧縮へ向かう可能性も論じている。これは政治的には国民共和主義と単一思考と呼ばれるフランス的対立を生み、前者はひたすら過去の理想化、後者は無秩序な経済状況にあってもなおパングロス的なライプニッツ信奉者、自由貿易による市場化と神の見えざる手で全てはうまくいくという意味であり、どちらにしろ空虚しか無いと断罪する。
第3章-民主制から寡頭制へでは、ジャック・シラクとル・ペンの決選投票というフランス政治史での大事件とサルコジ大統領就任、ヨーロッパ憲法条約への非参加表明を例に、かなりフランス政治を悲観的に見ている。それは代表できなくなった代議制である。ヨーロッパ憲法条約の反対票を投じた人達の「階層分析」により明らかになる上層階級と中層・下層階級の離反、それと学歴エリートが大衆化した事により、以前と比べ内にこもる事が簡単になった、そしてナルシシスト化が進みますます諸問題から遠ざかるという分析である。
これは大衆の理想化が結局は現実を無視したポピュリズムに陥り、不平等的なモノへ悪化していくとする。
第4章-フランス人と不平等では、フランスとアングロサクソン系、権威主義的文化として独露中などを例証し、政治システムと人類学的価値観を比較している。原著はフランス人向けだったということなので、より国内の分析に紙幅を割いているのが特徴的である。それは平等主義と民主制の如何に関しては、次章へ続く民族主義的な原始の民主制について危惧しているという所で終わる。
第5章-ここでは人種主義と民主主義が、前者が排除原則であると同時に統合原則となり、民主主義の土台を成していると分析している。それはアメリカ民主主義とアテネを例に取り、大多数の市民(アメリカでは白人、アテネでは市民団だった)が平等主義をもって民主制に当たるのと同じくして、外部的住民(アメリカでは黒人、アテネでは奴隷・居留外国人等)を非平等主義的に扱った事により成り立っていたとする。フランスではこれが種族闘争ではなく、階級闘争へ向かい、第三身分と貴族の対立として現出した。これを「領主民族の民主主義」と他の章でも用いている。また別の段落では2007年4月22日の選挙で、票の分布からは極右の支持層というものが前回から比べ減少し、普通の右派として鞍替えしたと見ている。またこれがサルコジ安定多数の母体であるとも。ただしこれは郊外の暴動を脅威に思った高齢化する豊かなフランス人のリアクションだとし、右への傾向が続く事は否定的である。
第6章-
自由貿易は、民主主義を滅ぼすというタイトルのままの内容だが、ここでもグローバリズムの信奉者と名指しするフランス経済界の有力者をこけ下ろしている。同時に知識人の経済への無知を嘆いており、その点においてイギリスやアメリカのほうがまだ自由貿易の理論的再検討を行なっているとして評価している。また本来サルコジ右派に対応すべき社会主義者たちの上層部も、体制順応主義を構成していると非難する。
第7章-ここでは、階級闘争の可能性について論じているが結論は否定的である。それはイデオロギーの喪失であったり、社会のアトム化であったりとしているが、決定的な説明はない。ただ高齢化していない所の中産階級が現在のところ左派的な分布をしている事をもって経済的圧力へ抵抗する因子は残っているとしている。
第8章-人類学的土台の極めて緩慢な変化という小テーマだが、これは実験的内容であるらしい。それは平等主義が最後は女性の解放へ向かえるか、その結果は安定したものになるかという歴史上には現れていないモノだからであろう。フランスの平等主義はまた違ったケースを生むともしているが、これも決定的とはしていない。
第9章-デモクラシー以後もデモクラシーであるとする結論だが、それには幾つか条件をつけている。まずエリートが民衆に寄り添い、民衆もエリート層の必要性を受け入れて信頼を寄せる事。また経済的専門能力、外の世界について最小限の知識を持ってグローバル化にあたる事をあげている。これが失敗する道として、不合理ものへ逃げる民族的共和国、普通選挙の廃止があげられるとしているが、この道は前者は挫折する可能性が高いとしながらも、後者はフランスの伝統に照らせばあり得るとしている。制御を免れた上位の権威と選挙により選ばれる地方というフランスで見出される特徴はEUそのものであるとも。
結論-ここでは国家の所得が上昇する為にも、個人所得の上昇を、それには保護主義をもってあたる事で締めている。それがヨーロッパ内での内需振興を伴い、ヨーロッパ域外からの輸入振興も達成出来るとしているからだと。これにはイデオロギー的、心理学的に抵抗が予想されるが、その時新たな<歴史>の局面の始まりになるとしている。またこれにはドイツの協力が不可欠であるし、ドイツはユーロと企業の国外移転、中産階級崩壊と不可避的にヨーロッパ保護主義を取る事になると、半ば楽観視している。これは政治的領域と経済的・社会的領域の再びの統合であると呼びかけながら。
要約だけで長くなってしまったが、これ以外にもまとめきれなかった重要な箇所がまだまだ多い。是非320ページほどの本文を読んで欲しい。
また最後の訳者解説が大変分かりやすいまとめ方なので、そちらを先に読む事を進める。付録扱いではあるが、ケインズの「国家的自給」を読めるのでこちらもオススメである。