僕のように「政治学」を知らない人間にとって、政治はいつもある枠組みを前提とした具体的な話として論じられる。
例えば、「今度の総選挙の行方」だとか、「自民党VS民主党、論戦のポイント」といった具合だ。
テレビも新聞も扱うトピックにほとんど差はない。
だから本書も当然、そのような内容だと思っていた。
だが、読んで目から鱗が落ちた。
政治学(政治理論)の議論では、具体的な話はあくまで一つの事例でしかない。
重要なのは普遍的な本質だ。
総選挙について語るにしても、まず、「選挙とは何か」から議論を始める。
僕が常識だと考えていたことも、それは本当に常識なのか、と問いかけなおすのだ。
例えば、デモクラシーとは何かと論じている章がある。
これについて常識的な一般人なら、「公平な議会を通じて物事を決定する社会」と答えることだろう。
しかし、政治学者はこれに疑問を持つ。
議会での決定、つまり多数決による決定は本当に民主的といえるのか、と問いかけるのだ。
「多数決で決めればよいということを誰が決めた?」
「それは憲法に書いてある」
「憲法に書いてあれば良いと誰が決めた?」
「正式な手続きを経て、議会が憲法を決定した」
「議会が決定したということは多数決で決めたということだろう。『多数決で決めればよい』というルールを多数決で決めていいのか?」
こんな具合だ。
この議論はただの屁理屈にしか見えないかもしれない。
だが、デモクラシーを公平な議会という「制度」として捉えるのか、
それとも旧体制を打破するという「運動」として捉えるのか、
これは政治理論の大きな命題だ。
確かにこういった議論はともすると実効性を伴わない机上の空論となりがちである。
しかし、あらゆる可能性は検討せずに「そんなことは不可能だ」と棄却することは誰にもできない。
こういった議論の中から新しい社会が見えてくるのかもしれない。