19-20世紀の仏作曲家、デオダ・ド・セヴラック(1872-1921)。彼はドビュッシー・ラヴェル等と同じ時代を生きながらも彼らとは別の独自
の道を歩み、楽壇の面倒なしがらみに溢れる首都パリから遠く離れた南仏セレの美しい自然と親しみながら地域の民俗を音楽に滲ませ、
素朴ながらも官能的な響きに溢れる音楽を書き続けた。
生前受けた一定の評価にも関わらず彼は即興演奏を得意とし譜面の形で残されたものが少ない為か、彼の音楽は死後長いこと忘れられ
ていた。それらの作品も近年再評価の機運が高まる一方、これまで媒体として発表された作品の多くは彼のピアノ曲集であり、彼の作曲
家人生でピアノ曲に劣らず重要な位置を占めたという歌曲には全くと言ってよい程焦点が当たらなかった。
本盤の発表にあたり、今まで国内外で発表されたセヴラックの歌曲集CDを調べてみたが、日本国内では(恐らく)皆無、海外でさえ僅か数
枚という寂しい状況。そういった意味で、彼の歌曲・シャンソンを26曲たっぷり収録した本盤は彼の歌曲への出会いのきっかけを与えるの
みならず、歴史資料としての価値も高い貴重な作品である。
ここに収録された楽曲には19世紀ロマン派歌曲の色が濃い。即興風な動きを随所で展開し自由な形式をとるピアノ曲と比べ、歌曲は歌と
のアンサンブルという制約があるせいか彼特有の個性は弱い。それでも伸びやかな旋律が備わった音楽は十分魅力的だ。
例えば「ある夢」で魅せる甘い響きはドビュッシーを彷彿とさせたりと、19〜20世紀との狭間に生きた彼らしい音楽的な折衷が随所に見ら
れるのが興味深いし、彼自ら詩を書き下ろしたという「私の可愛いお人形」では茶目っ気を含めた親しみを感じさせる。
演奏自体も上質。まず奈良氏のソプラノ。各々の歌には甘い恋から死を含めたブラックユーモアまでを含んだ個性的な物語が付随するが
、それらを演技色たっぷりに表現する彼女の雄弁な歌はまるで演劇を鑑賞しているかのよう。またシャンソンでは同じ旋律と文句が繰り返
される箇所が多いが、彼女の歌は歌詞の内容に合わせて絶妙に表情を変える。「麗しのダフニス」で挟まれる甘い仏語の語りも美しい。彼
女の歌をうまく引き立てながらも、セヴラックが得意とした和声の艶を素直に聴く側に伝える椎名氏の歌伴も聴かせる。
本盤の推薦点として欠かせないのが、今回ピアノを務める椎名亮輔氏によるセヴラックの解説文を含むブックレット。最近セヴラックに関す
る著書
デオダ・ド・セヴラック 南仏の風、郷愁の音画 (叢書ビブリオムジカ)も発表した椎名氏、豊富な知識と調査に基づいた読み応えある
セヴラック紹介文となっている。
また収録された歌曲の椎名氏による和訳も鑑賞に欠かせない。ブックレットには日本語・英語・仏語の3言語で解説文と歌詞内容が掲載さ
れ、日本のみならず海外へ向けての資料としての配慮も見られる。
急いたところが微塵もない、まさにセヴラックらしい優雅な歌の数々。ゆったりした時間に腰を据えて聴きたい。