「ナイト・ウォッチ」は光の側から、それに対してこの「デイ・ウォッチ」は反対の立場からこの戦いを描いている……はずなのに、ディテールの書き込み不足のために(これだけ長いのに)雰囲気も何もまったく変わらない。闇ならではの生活の特性があって、それが光の側とはまったくちがうものなんだけれど、でも一歩入ってみると両者は共通点があった、という書き方ならば読者の共感もあろうが、これでは両者が何を争っているのかもわからん。両者の「これをやらなければ死んでしまう」「絶対にこれを実現しなくてはならない」という切実さはまったくなく、どっちも人間からエネルギーをかすめとって、好き勝手に人をあやつって、長生きして、お気楽なもんじゃありませんか。
小説としてのへたくそさも相変わらず。前作のアントンとスヴェトラーナでもそうだけれど、会ったら一目惚れで愛しあいました、という木で鼻をくくったような不自然な話が、大仰な「ああ!」「でもなぜ!」「やはりあたしは彼を愛しているのだわ!」という独白で展開されてゲンナリ。重要な展開がまたも最後になって唐突に伏線なしで持ち出されるし。
あと、異端審問官と訳されている存在は、別に「異端」を摘発しているわけじゃないので単なる「審問官」でいいでしょ。その他ブルガーコフの訳ではそこそこ読めたこの訳者ですが、いま一つラノベ的な勢いが訳文になく、小説としての不自然なできの悪さをきわだたせてしまっているのは残念……だが残念がるほどの小説でもないので、まあいいか。