ボブ・ウッドワードは、時のアメリカ大統領ニクソンを辞任に追い込んだいきさつを書いた『大統領の陰謀』の著者として有名です。
当時ワシントン・ポスト紙の新米記者だったボブは、同僚カール・バーンスタインと共に精力的な取材をこなし、スクープを連発しました。ボブに情報をもたらした匿名の政府高官は「ディープ・スロート」と呼ばれ、長いこと正体が明かされることはありませんでした。
本人が死亡するまでは公表しない覚悟をしていたウッドワードですが、「ディープ・スロート」が情報を提供してくれた動機を探求するために、もう10年も前からFBIに通い、機密解除された資料をコツコツと掘り起していました。
突然の正体公表から間髪を入れず出版された本書は、ウッドワードが「ディープ・スロート」の動機を探求した中間報告としてまとめられたものです。
事件から30年近く経過してやっと会えたフェルト氏は、ただの老人になっており、もう昔の記憶が失われているようでした。
フェルト氏は「重大な情報を提供してくれた人」ではなく、もはや著者の人生にかけがえのない人になっています。それなのに、単に「昔知り合いだったらしい人」という立場で交わすフェルト氏との会話は切ないものでした。
「言葉に詰まった。感激した。大声で泣きたかった」
と著者は述懐しています。
しかし、著者は、無理やり記憶の扉をこじ開けるような行為はつつしみました。
思い出したのは、記憶を失っていくレーガン元大統領の言葉です。
「なんというか、自分が大統領だったという気がしない」
「自分がディープ・スロートだったという気がしない」といいたくなるまでフェルトを追い込みたくはない。
それが、ジャーナリストとしての著者の矜持でした。
歴史的疑獄事件の真相を探る、というより、著者のジャーナリストとしての原点に触れる一書でした。