Would you like to see this page in English? Click here.

この商品をお持ちですか? マーケットプレイスに出品する
ディナモ―ナチスに消されたフットボーラー
 
イメージを拡大
 

ディナモ―ナチスに消されたフットボーラー [単行本]

アンディ ドゥーガン , 千葉 茂樹
5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)

出品者からお求めいただけます。



キャンペーンおよび追加情報



商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

1942年、ドイツ占領下のウクライナ。パン工場で強制労働をさせられていた名門クラブ、ディナモ・キエフの選手とドイツ軍兵士のメンバーとのサッカー対戦が行われた。アーリア人の肉体的、精神的、優位性を信じる、ドイツにとっては、負けるはずのないチーム。ディナモの選手にとっては、勝ったら、命の保障はない。運命の日、ディナモは5‐1と大勝。三日後の再戦でも、5‐3の勝利。その後、選手たちは強制収容所へ。戦後、生きて帰ってきたものは少ない。ソ連のプロパガンダによって、全員が射殺されたと長らく信じられていた伝説の試合の真実を、丹念に検証した、歴史スポーツ・ノンフィクション。

内容(「MARC」データベースより)

ウクライナという祖国やチームのため? ナチスへの抵抗? 勝ったら命の保障はない、第二次世界大戦、占領下のゲーム。ディナモ・キエフVSナチスの伝説の試合の真実を、丹念に掘り起こした渾身のノンフィクション。

登録情報

  • 単行本: 240ページ
  • 出版社: 晶文社 (2004/10/1)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4794966369
  • ISBN-13: 978-4794966360
  • 発売日: 2004/10/1
  • 商品の寸法: 18.8 x 13.2 x 2.2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 5.0  レビューをすべて見る (3件のカスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 325,342位 (本のベストセラーを見る)
  •  カタログ情報、または画像について報告

  • 目次を見る

この商品を見た後に買っているのは?


類似した商品から提示されたタグ

 (詳細)
関連タグ(この商品に近い関連キーワード)を追加する++最初のタグになります
 

 

カスタマーレビュー

星4つ
0
星3つ
0
星2つ
0
星1つ
0
最も参考になったカスタマーレビュー
13 人中、13人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本
豊かな黒土を持つウクライナ。小麦を大量生産し「ソ連のパン籠」の役割を果たしながら、社会主義国家の限られた自由の中で民衆はサッカーなどの娯楽に興じる。1941年6月。「バルバロッサ作戦」と称してナチスが侵攻しキエフを陥落させた後、状況は一変する…。
本書は数多あるサッカー系ノンフィクションの中でもっとも克明にひとつのサッカークラブが時代に翻弄されていく様子を当時の選手の証言を交えながら活写している作品といえる。また、当時のサッカー事情、ナチスによるウクライナ攻撃の惨状を知るための文献としての完成度も高い。重厚なテーマと悲劇性。読み応え十分の作品。
このレビューは参考になりましたか?
10 人中、10人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By sirou55 トップ500レビュアー
形式:単行本|Amazonが確認した購入
ドイツのソ連侵攻によって占領されたキエフ。そこでパン工場長がディナモ・キエフの熱烈な信奉者だったことから結成されたサッカーチームが、ドイツ占領下のキエフでサッカーの試合を行った。選手たちは厳しい労働と食料事情の中、フル装備で栄養も十分、休養たっぷりの相手チームを次々に破り、最後はドイツ兵たちからなる選抜チームにも勝ってしまう。すぐに再試合が行われるが、その試合は勝ってはならぬといわれ、審判がドイツ親衛隊員にもかかわらず彼らは死力を尽くして勝つ。その報復として選手は収容所に送られ、主力選手はそこで殺される。戦後、彼らの試合はソ連のプロパガンダに利用され、真実はわざと伏せられて伝説のままにされた。

この本では結成されたチームの真実とドイツ占領下のキエフと収容所での様子が生々しく描かれていて、ナチスドイツのウクライナでの所業の
ひどさは戦前はキエフの人口は40万人を超えていたのに、戦闘が終結したとき生き残っていた市民がわずか8万人ということからもわかる。

このレビューは参考になりましたか?
14 人中、13人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By ib_pata VINE™ メンバー
形式:単行本
 あまりにも有名なディナモ・キエフ対ドイツの「死の試合」はソ連のプロパガンダだったんだ、みたいな情報もあって、前からまとまった情報がないのかな、と思っていたらこれが出た。

 実際はどうだったかというと、1941年、キエフをナチスが占領した際に、一兵卒として戦っていたディナモキエフの選手たちは、ズダボロの状態にあった、と。それを見かねたある工場長が、寝る場所と練習できる中庭を与え、キャプテンだったキーパーのトゥルセヴッチを中心に選手が集まりだし、ライバルのロコモティブなどの選手も加わった「FC スタート」というチームを結成。1942年夏、ナチスが住民懐柔のために行った、ウクライナの民族主義者のチーム(親ナチス)との親善試合に快勝しただけでなく、やがてハンガリーやドイツ軍のチームも破ってしまい、占領に苦しむウクライナの人々は熱狂。アーリア民族の優秀性を見せつけなければ、とあせったナチス側は空軍チーム「フラッケルフ」を呼んでくるが、これも5-1で圧勝。

 そして、3日後の8月9日にリベンジマッチとして行われたのが「死の試合」だった。

 ナチス側は審判にSSを起用し「ハイル・ヒトラー」をするよう強要するが、ディナモたちは拒否。ハーフタイムには、またドイツ人がやってきて「皆さんは勝つことが許されないことを理解せねばなりません」と説得するが、それも拒否。大量点でドイツを辱めることはしなかったものの、5-3で勝利してしまう。その後、FCスタートはもう一試合を許されるが、やがてSSはディナモたちを逮捕し、死の収容所に送り、4人が殺された、というのが真相のようだ。

 ディナモに栄光あれ!

このレビューは参考になりましたか?
カスタマーレビューの検索
この商品のカスタマーレビューだけを検索する

クチコミ

クチコミは、商品やカテゴリー、トピックについて他のお客様と語り合う場です。お買いものに役立つ情報交換ができます。
この商品のクチコミ一覧
内容・タイトル 返答 最新の投稿
まだクチコミはありません

複数のお客様との意見交換を通じて、お買い物にお役立てください。
新しいクチコミを作成する
タイトル:
最初の投稿:
サインインが必要です
 

クチコミを検索
すべてのクチコミを検索
   


リストマニア

リストを作成

関連商品を探す


同じキーワードの商品を探す









この本は、それぞれの上記のテーマに含まれています。

フィードバック