「Comic新現実」に連載された♯1から♯5(修正あり)に、描き下ろしのPrologueと♯6を加えた。ただし「Comic新現実」vol.6に発表された、本書の前史を描いた特別編は未収録。続編を執筆予定らしいので、そちらに組み込まれるのかな。「話が見えない!」と賛否両論ある様子だけど、作者はもともとワケ分からん戦争状況で人がバタバタ死んでいく世界を描いてきたんだから、何をいまさら。
作者は巻頭にオブライエンの言葉を掲げた上で、これを「描くという行為そのものが真実を覆い隠す」と解釈してみせる。だから敢えて「馬鹿みたいな嘘」ばかりを描いてみる、と(あとがき)。表現についての至極まっとうな態度だと思う。「リアルはどこにある!?」って。
ヴェトナム戦争を2頭身や3頭身の「かわいい」キャラで描けるのか! って声もあるみたいだけど、この話をかわぐちかいじで読みたい? コントラストの強い切り絵みたいなタッチから私が想起するのは、藤子不二雄Aの『劇画毛沢東伝』(1971)。ある種の緊迫感から生まれてくるスタイルなのではないでしょうか。
でも、それにしても、なぜヴェトナム戦争?
私は作者が1974年生まれってところに注目したい。前年は米軍が完全撤退した年で、実質的には南の敗戦の年。その後のサイゴン陥落、南北統一は余談。だからPrologueは「Coda 1973」なワケですね。つまり世界史的に見て、作者は「ヴェトナム戦後世代」。そして「イラク戦中派」ってことにも、なる。軍隊を出張させているのは、同じアメリカ。
「戦時下」にこだわる大塚英志が自分の雑誌に西島をフィーチャーしたのは、編集者として実に適切な判断だったと思います。