この映画に特に深い思い入れはないが、「名作」だとは言っておきたい。
レビューをつらつら読んでいて、非常に偏った見解をもっている人たちがいることに驚きを禁じ得ない。そこでささやかな反論をさせていただこうと思った。
冒頭の製鉄所のシーン。私には溶鉱炉に流れる鉄が、大量の血液のように見えた。血液が飛び散り、固まり冷やされ、鉄になっていく。そしてそれは武器になっていくのだというメッセージが、あのシーンに込められている気がする。
物語が進むにつれ、登場する若者達はロシア系だということがわかってくる。巨大なアメリカに住むロシア系移民の若者達が武器を作っていたということだ。
戦地に赴く前夜、彼らは大きなシカを狩るために山にゆく。シカはなんの比喩なのだ?
ヴェトナムの人々があの戦争でいかに悲惨な目にあったのか、知らない日本人は少なくないだろう。枯葉剤の影響がどれほど恐ろしいかを知らない人も。
この映画はあくまでもヴェトナム側ではなく、アメリカ側から見たヴェトナム戦争の検証映画であり、反戦映画なのだ。双方を描ききる必要などあるもんか。くだらないことを言う人たちがいるもんだ。呆れてモノが言えない。
家族や愛する人を失った悲しみは、戦争のみならずあらゆる事象にあり、あらゆる国に存在する。アメリカ人という「多民族国家」にも、少数民族にも...。
ラストで歌われるアメリカ国歌は、多民族国家の象徴として歌われているのだ。彼らにはアメリカしか住むところがない、ということだ。今の日本だってそうだ。
映画の内容を額面通りに受け止めて、物語に秘められているニュアンスや伏線を嗅ぎ取れないのでは、映画の面白さ、楽しさを半減させていると言わざるをえないだろう。
自戒も込めて。