web magazineでの論考がベースとなっているそうです。それは読んだことがなかったので、フレッシュな感覚で読むことができました。「はじめに」がすばらしいです。オバマの演説の意外ながらも見事な視角からの解読に始まり、ムッソリーニとの共通性を指摘し、ファシズムの理論家パレートへとつないでいく部分は、見事なまでの切れ味です。そして「ファシズムは、欧米の良質な知的伝統を継承した運動なのである。」と締めくくられます。この部分はPhoenix: Fascism in Our Timeやの論旨と重なる部分が大です。もっとも著者はすぐファシズムの処方箋を否定しますが。その後に続くロシアの部分は見事に読ませてくれます。そして社会ダーウィニズムとして中国とアメリカを特徴付けた部分も面白い視角です。118ページから119ページの新自由主義への異議申し立てを取り上げた部分でファシズムが取り上げられます。「新自由主義で中間団体が解体され、国民一人がアトム化されている日本の状況において、、、、ファシズムが有効性を持つ思想として登場する可能性がある」という分析は見事ですが、この視点はその後は発展させられることはありません。そして「恐慌と不安とファシズム」も宇野弘蔵の部分までは何とかついていけます。しかし滝沢克己の部分からは就いていけなくなってしまいました。かなりの引用がなされるのですが、佐藤さんの解説を参考に理解しようとするのですが、わからないというのが正直な感想でした。おそらくこの部分が一番力が入っている部分なのでしょうが、私の世代にはもはや就いていけない文体と論理構成だというのが正直な感想でした。最後はテロリズムの問題が取り上げられますが、これとファシズムの関連が明確に取り上げられることもないまま、この右巻は閉じられます。左巻を先に読んだ方がいいのかもしれません。