フランスの学者によるテロリズム研究書。第一章でテロリズムの定義や類型など、「テロリズムとは何か?」という本質に迫っている。第二章ではフランスのテロ対策の構造を主に扱っているが、ページ数も少なく、概論的。第三章は、フランスのテロリズム対策法についての紹介である。
第一章では、テロ組織やテロリストの名前が随所に散りばめられている。事例の豊富さは筆者の主張の説得力を裏付けるものであるが、理論自体に厳密な一貫性があるわけではなく、事例選択も適切なわけではない。例えば、筆者は冷戦後の新しいテロリズムの特徴として、テロリズムから政治性が薄れ、略奪者となったこと。そして犠牲者の数を増やすだけという非合理性が増したこと、残虐で直接的な手段を行使するようになったことを指摘している。
しかし、冷戦後のテロリズムの特徴としてたびたび指摘されるこの主張は、論理的一貫性を欠く場合が多く、冷戦期のテロの特徴との境界線もきわめて曖昧である。そして、本書もこのような問題を突破しているとは言い難い。筆者は、冷戦期のテロからの不変要素として、観客をひきつけるメディア性や、世論を標的とすることを挙げている。しかし、これらの特性が現代のテロにも見られるならば、筆者が主張したテロ組織の非政治性や非合理性、手段の直接性と矛盾することになる。
また、冷戦後テロの特徴をなす事例として、PKKやLTTEなどが挙げられているが、PKKは党首のオジャランが99年に逮捕されて以降、02年に組織名を改称し、政治組織化を進めている。現在もトルコ国内でテロ活動が確認されているが、冷戦期と比べて大きな変化があるわけではないし、筆者が言うように非政治化したわけではない。
また、コザ・ノストラ団のような犯罪者グループの凶悪化が、テロリズムとの境界線を不明瞭にしていると主張するが、これは単に定義の問題である。犯罪の手段の凶悪化、被害の拡大は、テロリズムの問題と、本質的に異なるため、テロの事例として取り上げるのは不適切であろう。
全体的によくまとめられており、これまでのテロリズムの議論を押さえて、議論が展開されていると言える。それゆえ、どのような根拠にもとづいて、これらの主張をするかが重要であるのだが、2006年出版の原著は、これまでに出版されてきたブルース・ホフマンの『テロリズム』や、加藤朗の『テロ――現代暴力論』を越えるものではない。
むしろ、本書の価値は、米英中心で展開されているテロリズム論に対し、フランスの視点を提示したことだろう。この本からは、フランスにおいても米英と同じ土台に立ってテロリズムを認識していることが読み取れる。組織犯罪に注目しているのは、フランス独自の視点というよりも、二人の筆者が警察や司法官出身であるということに由来するのだろう。
また、第二章、第三章において、フランスにおけるテロ関連法や、テロ対策の実行機関が著述されているのも興味深い。フランス語を解さない私にとって、これらは貴重な資料である。