タイトルがいかにも日本の東日本大震災をうけて書かれたかのように見えるが、実際にはスマトラの津波をうけて書かれたものである。
本書のメインは「悪」の問題である。
西洋においては「災厄」に対して二つの立場の対立がある。
一つはキリスト教的な発想を強く受け継いだ考え方で「災厄は神の天罰である」と見る。
もう一つは、すべての責任を人間に引きつけた上で「災厄は誰かの精神的な悪のためである」と見るものである。
しかし、実際に起きているのはそのどちらからもこぼれおちるもので、意味も理由もなくただ不条理な運命にさらされているし、そこに誰かの悪意が介在していたわけでもないものである。
筆者はそこに「システムとしての悪」を見出す。アイヒマンから津波にまたがる「悪」はそこにあるとしている。
ただし解説にもあるように、これは極めて西洋的な見方ゆえのものでもある。
日本人だと、自然災害は素直に「自然のもの」として受け止められてしまう。
「悪」の思想も、日本オリジナルに組み立て直してみる必要があるであろう。これは日本の思想家に求められている問題である。