まず、編集方針に好感が持てる。煩雑な訳注は一切除き、なるべく訳文だけで分からせることができるよう工夫されている。読者は本文に集中し、また自分で思考を巡らすことができるわけである。
この第一部では主に、晩年のニーチェの思想の二大柱の一つである、新しい価値の樹立者「超人」が語られる。ニーチェは「生きるための哲学」、いわゆる「生の哲学」を教える人だ。この散文物語の冒頭で、ツァラトゥストラは形而上的な神の世界を説く者を「幻の背後世界を説く者」として糾弾し、そのような世界は「まことに、およそ存在を証明するのも、また存在をして語らせるのも難い」と叫び、不可知論を展開する(ニーチェは決して無神論者ではない)。『反キリスト者』においてニーチェはキリスト教を「生の敵対者」として攻撃するが、ニーチェの徹底的に生に拘る姿勢、生きる力を伸長することに全てを注ぎ、死の要素を徹底的に遠ざける姿勢は、現代に生きる私達にとっては、ことによると苛烈に過ぎるように思えるかもしれない。
しかし、大切なのはニーチェの思想をそのまま受け入れることではなく、それを自分との関係においてどのように捉え、どのような意味を与えるか、自分の血肉にするかであるはずだ。ニーチェの著作は時間をかけるに値する豊かな素材を提供してくれる。
また、ニーチェは一流の心理学者でもある。散文物語の随所に現れる人間心理への鋭い洞察、辛辣な箴言は、読者を飽きさせない力を持つ。
繰り返し読むに値する書である(下巻に続く)。