何をやってもものにならなかった。地上とは別の真理が支配している他の天体からやってきて、その真理が通用しないここでの営みにはことごとく、あらかじめ失敗、挫折が組み込まれている、そういう人間、または人間の姿をしたなにものかであるかのように、やることなすことに失敗したー。(訳者のあとがき)
その失敗と挫折の果てにたどり着いた境地から、彼は実に恐るべき小説世界を構築していきました。 ドイツ古典主義とロマン主義の中間期に生きたのに、なぜか時代を百年先取りしてしまっている実存主義的作家クライスト。 当然、世に受け入れられることはなく、自ら命を絶ちました。
この作品集には彼の短編小説の大部分が収録されています。“チリの地震”“聖ドミンゴ島の婚約”“拾い子”などは、クライスト世界の白眉と言えるでしょう。長ったらしい情景描写や、くどくどした心理描写など全てそぎ落とした氷のような文体なのですが、なぜかそこには異様な熱気がこもっています。 彼の描く世界では、人と人が心を通いあわせることはできません。 心地よい共感に到達するどころか、誤解が誤解を生み、全ての人々が切り離され、呆然として立ちすくんでいます。 なんと現実の世界がそうであることか! グローバル化とテロリズムという二つのどす黒い、抗いがたい現象の狭間で、ともすれば自分の殻に閉じこもるか、阿修羅のごとく物質欲を満足させるかしかないような生活を我々は送っていますが、そんな今だからこそ読まれるべき作家なのではないかと私には思えるのです。 彼の描いた氷のような世界をこの世に現しめないためにもー。 興味のある方は是非読んでみてください。