わが国のダーウィン学者を代表すると見なされている著者の労作で、新しいダーウィン研究をふまえ、数々の誤りを正しながら、ダーウィンの実像に迫ることを目指した本である。もちろん、著者の長年の研究に基づき、参考になることの多い記述ではあるが、二、三、問題点が気になった。第一に、出典明記がないこと。巻末に参考文献のリストがあるだけで、本文中の記述では、どこが著者自身の創見で、どこが他の研究者の研究に基づいた記述なのかわからないところが多く見られる。これは、欧米の研究書では非難されても仕方のない欠点であり、しかも著者のこれまでに出版された書物にも共通する。「正確さ」を強調するなら、出典明記によって裏付けを示すべきだろう。第二に、ダーウィン研究でいろいろ解釈の余地のある説が、(出典明記もなく)かなり独断的に主張されている。例えば、1858年にウォレスの論文がダーウィンに届いた際に、ウォレス説が自説とは異なるのに、ダーウィンが「過剰反応」して、自説と「同じものを読みとってしまった」(213ページ)という主張。こういう主張をする研究者が幾人かいることは事実だが、これはダーウィン研究者のうちで確立している見方ではない。このように解釈の余地が多分にあるところは、決して「正確」とは言えない。一般の読者が、こういうところに気づかずに、「本当のダーウィンの姿に限りなく近づいた」と誤解しないよう、注意を喚起しておきたい。