正直、DVDソフトとの差異をあまり感じないクオリティだが、これは、ハル・アシュビー(監督)、イエールジ・コジンスキー(原作脚色)、カルブ・デシャネル(撮影)と言った第1級の映画人たちによって作られたアメリカ映画史に残ると言っても過言ではない傑作だ。
原題は“Being There”、良いタイトルである。純粋無垢に“そこに佇む”だけ、主人公の生き様を見事に言い得た題名、もし、今日なら、絶対に原題で公開すべきモノだと思う。
物心ついた幼少期から養父の下に預けられ、庭いじりとTVだけを唯一の楽しみに生きてきたチャンスが、主人亡き後、数十年ぶりに外界(街の雑踏)に出て、とある事から経済界の大物の家に連れていかれる。庭師としての、庭の手入れの素朴な言葉を、経済景気のサイクルを喝破した哲学的なメタファーと曲解されてしまった事から、次第に時代の寵児と持ち上げられて、、、と言うストーリーだが、これをファンタジックな人間喜劇と見るか、現代社会の寓話と見るかは、観る側の判断に任される。つまり、奇妙なオフ・ビート感覚のコメディとしても、重厚で味わい深い人間ドラマとしても楽しめるのだ。
シャーリー・マクレーンも素晴らしいが、やっぱり、ピーター・セラーズに尽きる映画であって、彼の得意とする変幻自在なカメレオン演技の中でも、最も静的で枯れた名優としての真価が発揮されている。
公開当時よりも、更に情報テクノロジーや多種なメディアの隆盛でコミュニケーション不在を感じる今日こそ、より強烈なアイロニーを感じさせる映画だと思う。