これはとてつもなく面白い!!
上下巻と2冊なのですが、長さを全く感じさせません。人物造形の確かさ、社会背景の的確な描写、スリリングな展開と、殆ど完璧な小説です。訳も読みやすく素晴らしいです。
北上次郎氏は「今年度ベストワン」と絶賛しています(NHKBS2週刊ブックレビュー10/18)。それを信じて一読、納得です。
2008年度英国推理作家協会賞・スリラー部門を受賞。著者はまだ28歳で、これが処女作だというのだから驚きます。なんという完成度。
「子供たちは森に消えた」というノンフィクションがあります(未読ですが)。だいぶ前に出た本で、ソ連で70〜80年代に発生した大量連続児童殺人事件を扱ったものですが、西側社会ではありきたりなシリアルキラー(快楽殺人者)がソ連にも居た、ということは別に意外でもなく、興味を惹かれなかったので、読もうとはしませんでした。しかし、事情が違うということを本書を読んで初めて知ったのです。
この作品は、そのソ連での事件をベースに、時代をスターリン時代に変えて舞台設定をして再構成するという離れ業をやってのけました。
スターリン時代というもののおぞましさ、苛烈さについてはある程度知っていたとはいうものの、その認識は極めて不十分でした。数百万人が粛清されたり、強制移住させられたり、餓死したり、強制収容所に入れられたり、というのは聞いていましたし、ソルジェニーツィンの「イワン・デニーソビッチの1日」も読んだことはあります。しかし、この、考証の確かな、多くの参考文献の基礎の上に構築された作品で描かれる恐怖政治社会、密告社会の庶民の日常はすさまじいもので、いやはやここまで酷い状況だったのかと今更ながら知らされた、というのは我ながら不明と言うべきでちょっと恥ずかしくもあります。ここには小説というものが持ち得る、尋常でない迫力、事実ではなくとも真実(への接近)があります。
この作品の価値は、そういう歴史的事実をフィクションの形で明らかにする、ということが第一としても、それだけでなく、ミステリ/サスペンスとしての娯楽性も超一級です。人間心理の機微、その醜さ、愚かさ、逆にけなげさ、気高さなどなど、についての様々な描写の豊かさ、興味深さは特筆すべきだし、過酷な境遇での冒険に次ぐ冒険の手に汗握る興奮ももたらします。普通、探偵は自由に捜査し情報を得ることの出来る特権的な立場にある(安楽椅子探偵にしても)ものですが、この作品ほど悪条件で逆境に追いつめられた探偵というのは空前じゃないでしょうか? 絶対のお薦めです。
巻頭に折り込みの地図、最初はなんじゃこりゃ、これでも地図なのか!と呆れるくらいあっさりとした情報量の少ないものなのですが、読み進むにつれ、その恐ろしい意味が浮かび上がって来ます。
ところで、ソ連崩壊後の今のロシアって、またプーチン(KGB出身)が元に戻そうとしているんじゃないか、という危惧がしてなりません。やたらとジャーナリストや元スパイの殺害が横行してるらしいですし。